嚥下障害と介護食「コミュニケーションと終活(エンディングノート)」 第12回目(日本厨房工業会 月刊厨房)
1) コミュニケーション対策
筆者のような高齢者はITに慣れないので、スマホやタブレットでなく、ガラケイ(ガラパゴス携帯電話の略で、日本独自の仕様の国産メーカー製であり日本国内しか使用できないと揶揄した表現)を使う場合が多いと思われている。しかし、筆者の経験から急な入院に備えて、スマホやタブレットを日ごろから使いこなし、習熟しておくことを薦める。筆者の脳梗塞による後遺症は左麻痺である。左半身が麻痺し、杖歩行であるが、それ以外にも後遺症がある。嚥下障害がひどく摂食に困るというのは再三申し上げたが、同じく会話も問題がある。口内の左側が麻痺し、嚥下困難だけでなく、発声も困難である。発症時には全く会話ができなかった。現在は懸命の発声練習のおかげで、何とか会話ができるようにはなったが、発音が悪く意思を伝えにくい(発音が不明瞭)。面と向かって会話する際には、身振り手振りを交えてコミュニケーションできるが、電話を通して会話するのはかなり困難である。家族とのコミュニケーションもスマホやタブレットによるテキストメッセージを使わざるを得ない。
幸いにも筆者は脳卒中で入院する2年ほど前から、スマホを使っていた。役に立ったのは、スマホ利用のSNS(ネット経由の文字情報コミュニケーション)による文字でのコミュニケーションだった。スマホでメールも転送して扱えるが、宛先の選択、題名明記、挨拶、など手紙と同じで面倒くさい。SNSのメッセージ機能を使えばあたかも会話しているように気楽に用件を伝えられる。また、最近のスマホはティザリングと言って、パソコンをネットにつなげる機能を持っている。筆者は、入院時に、パソコン1台とスマホ2台、コンデジ(コンパクトデジカメ)を1台持っていった(当時はタブレットを持っていなかった)。幸いなことに毎週遠距離移動していたので、いつも身の回りの必需品は、旅行鞄に整理していたので入院の際にも困らなかった。写真①携帯歴史、写真②カメラ歴史、写真③現在のスマホ、写真④現在のタブレット。
1台のスマホをティザリング専用としパソコンをネットに接続していた。もともとはG社製無料ソフトのスマホ2台であったが、入院時に1台をスマホ元祖のA社製のスマホi(画面サイズ4インチ)と、G社製無料ソフトを使った韓国製S社のG(画面サイズが5.7インチと大型)にした。入院時の初期は個室であったので音声も使えたが、長期入院で大部屋に移り電話の音を出せず、テキストメッセージ使用となった。以前は病院では携帯電話の電波が心臓ペースメーカーに悪いと言って禁止であったが、最近は電波も弱くなり、他人に迷惑をかけないのであれば使えるようになっている。
スマホは、元祖の米国A社がiというスマホを10年前に発売し、追随して、ネット検索最大手のG社が無料ソフトを発表し、それを利用して安価なスマホが普及している。筆者はキャリア(電話通信会社)のND社扱いの国産携帯を長らく使っていたが、関西の大学に通う際にスマホ2台に切り替えた(1台をパソコン接続のティザリング、もう1台をメインの電話機能)。そして入院を機に1台を入院先での電波状況の良い、キャリアSBのiに変えティザリングに使用した。韓国S社のG(画面サイズが5.7インチと大型)で通信・電話・新聞閲覧・写真撮影を行った。
入院後、筆者は目が複視で焦点が合いにくく新聞の文字サイズでは読めないので、スマホやパソコンで電子版の経済新聞を有料購読し、文字を拡大して読むようになった(パソコンでは電子版の1紙しか読めないが、スマホやタブレットは3紙を読める)。大型画面のスマホは使いやすく、文字も大きく入院中は助かった。写真⑤新聞画像
新聞・メールが読みやすく、病院食の写真取りにも最適だったのだ。ちなみにこの連載で使用している画像はほとんどスマホで撮影したものだ。
また急な病で入院した際に、自分の病状を知るのにスマホやパソコンは貴重な存在である。医者には親切丁寧な人と、そうでなく病状や治療法を丁寧に教えてくれない人がいる。その場合、スマホやタブレット、パソコンがあれば情報を自ら探すことができるから、不安感を持たずに治療を受けられる。また、急な病で倒れて筆者のように半年世間から姿を消す場合、友人や仕事関係でいらぬ心配をかける。筆者は、緊急入院1週後、ICUより出て意識が戻って直ちにメール、SNSなどで仕事上の連絡を取ることができ、大学や仕事上の関係者、友人などに安否と事後処理を依頼し、仕事の穴埋めをするなど、孤独感を味わったり、仕事上の迷惑をかけないで済んだ。また数十年間音信不通だった家族が、SNSで筆者が入院していることを知り、見舞いに来てくれるという嬉しいこともあった。
A社製の スマホiとiタブレットの連携がよいのも気に入っている。同じ無線LANに接続しているときにiに電話がかかると,iタブレットで受けられる。また、iはアナログとデジタルの組み合わせなのも使いやすい。電話などがかかってきた音が出ないようにするマナーモード設定の際に、G社製ソフトのスマホは全部デジタルで時間がかかるし、解除を忘れて大事な電話に出れない恐れがある。iはスイッチで簡単にマナーモードになるし復帰も一瞬だ。スマホを目覚ましにする場合、マナーモードのまま解除を忘れると、大事な約束に遅れる危険性がある。iはマナーモードにしていても、目覚ましは音を出すのだ。Night Shiftというモードが設定でき、就寝中や寝る前、画面を見ると太陽光に近いブルーライトを浴びて寝付けなくなるのを防ぐため、画面の色が電球色に代わる。便利なのだがこの設定の間は、かかってきた電話は鳴らない。ただ、iのすごいのは、同じ電話番号から2回かかってくると鳴るのだ。緊急連絡の際にはつながらない場合はつながるまでかけるからだ。こんなアナログ的な発想は面白い。
最新のiで気に入っているのはデュアルレンズカメラだ。広角28mmと望遠56mmで(35mカメラでいえば標準だが)とれる。従来もデジタルズームできたが画像が劣化するが、今回はとっても綺麗だ。ただし、28mは光学手振れ防止が付いているが、56mはついてないので次期モデルで改善が必要だろう。
スマホ無料ソフトのG社製無料基本ソフト利用のスマホは、設計に一貫性がなく(メーカー任せ)機種による違いが多すぎる。基本ソフトのAをG社が作り、スマホ本体を各メーカーが作るからだ。問題は、各メーカーが独自性を出し他機種との差別化をするために基本ソフト(OS)のAの上に独自のユーザーインターフェース(UI)ソフトを乗せることだ。これがうまく動けば問題ないのだが、体力の落ちたスマホメーカー(特に日本)の作りこみが悪く、作動がもたつくし、OSのアップグレードも遅すぎて、不具合が治るのが遅い。基本無料ソフトのAのアップグレード(改善・改変)は早いのだが、対応するユーザーインターフェースの作成が遅く、新しいバージョンのOSにアップグレードできない。
スマホ元祖A社製iは機種が少ないのでOSのアップグレードが速く、独自のインターフェースもないので不具合改善速度が速い。日本でのマーケットシェアーも70%と世界一高く、使っている人も多いので、使い方がわからない時でもすぐ助けを求められるのが便利だ。
iの最大のメリットは機種交換時に、以前と全く同じ使い勝手になることだ。クラウドでバックアップしておけば従来使っていたソフトもレイアウトも再現される。A製基本ソフト機種だと機種交換後、設定し直しに2週間ほどかかることを考えると、使い勝手は大差がある。また、iタブレットとの連携もよく便利だ。
自分なりの使い勝手の工夫もしている。私は左手が使えず片手だと大きいスマホを落とす危険があるので首掛けストラップと、フィンガーリングは必要不可欠だ。でもi本体にはストラップホールがないのでストラップホール付きのTPU(透明で軟らかく、耐衝撃性あり)素材ケースを落下時の本体保護のために使用している。写真⑥首掛けストラップ、写真⑦フィンガーリング、写真⑧ストラップホール付きTPUケース
スマホで主に使う機能やソフトは、音声電話、無料ネットメールのG、ネット検索のC、有料経済新聞閲覧、米国外食ニュース、友人発信のSNS、ネット通販のAM、カレンダー、スケジュール、カメラ(静止画で動画は使わない)、タクシー配車、天気予報、株価、 ティザリング、M社のオフィスソフト、PDF閲覧、FAX、コピー等だ。韓国企業日本法人の無料SNSのLや、動画閲覧のYTは使わない。韓国企業の日本法人が運営する、無料SNSソフトのLはテキストメッセージができ、無料音声通話ができ使っている人は一番多い。しかし、固定のスマホの電話番号に限定される。筆者は、パソコン2台、スマホ2台、タブレット3台というぜいたくな使用条件であり、どの端末でもコミュニケーションが必要で、米国企業のF社のSNSを使用する。
筆者のように歩行が不安定な際には、電車やバスの利用は難しい。山手線主要ターミナルから私鉄3駅という便利な場所に居住しているので、タクシーを利用することが多い。流しのタクシーが通る道路まで自宅から100m弱であり、近いのだが、雨や冬の寒い時には困難だ。タクシー配車を電話で依頼すれば良いのだが、発音が悪く大変だ。その際に便利なのが、スマホでタクシー配車を頼めるソフトだ。大手タクシー会社のN交通が5年ほど前に開発し、現在はほとんどの大手タクシー会社が採用している。当初はGPSなどの位置情報の精度が悪く使いづらかったが最近は改善された。配車を依頼すると、到着までの時間や迎車のナンバーを連絡してくれるので便利だ。料金の支払いの際小銭を出すのに時間がかかるが、あらかじめクレジットカード情報を登録しておけば小銭不要だ。居住地域とタクシー会社、利用時間、天候の組み合わせによって配車できない場合があるので複数の配車システムを使うとよい。
筆者は左手が使えず雨天時に傘を差せないので、正確な天気予報が重要だ。スマホやタブレットに天気予報のソフトを入れておけば便利だ。以前から国産のスマホやタブレットは防水使用があるので便利であったが、最新のA社製のスマホiは防水になり、遜色がなくなった。
また、食材や電化製品、本などの重い物を買いに出かけるのは困難なので、ネット通信販売のAMを利用する。配達が早い場合、注文翌日には配達され、重いものを運ぶ手間が省ける。
FAXの送受信も手が使えず困難であるが、スマホで撮影し簡単に送受信できる。家人に買い物を依頼した際にスーパーなどからスマホで撮影した画像を送ってくれ確認できるので便利だ。
新聞の購読ではタブレットが便利だ。紙面そのものが読めるし、拡大もできる。紙面でなくデジタルでテキスト表示もするので、保存すればスクラップも不要だ。筆者は、5.5インチサイズのスマホと9.7インチサイズと12.9インチサイズのタブレットを使用しており、拡大表示できるので助かる。それでも表示文字が小さいと困る場合に備えて、大型のモニターに表示できるようにしている。老眼が進行したり、病気で視力がかなり低下している場合に助かる。写真⑨新聞画像紙面表示、写真⑩新聞画像デジタル表示、筆者は、A社のタブレット以外に国産SO社のタブレットも持っている。理由は防水なので風呂にゆっくりつかりながら新聞記事を読めるからだ。
A社製スマホiとiタブレットの連携がよいのも気に入っている。同じ無線LANに接続しているときにスマホのiに電話がかかると,iタブレットで受けられるし、発信もできる。スケジュールやメモも同期してくれる。
現在A社製スマホi(5.5インチ) 2台とA社製タブレット9.7インチと12.9インチ、国内企業SO社製防水タブレット10.5インチを使っている。A社製スマホi(5.5インチ) は転送設定し、どちらを持って歩いても電話を受けられるようにし、A社製タブレット9.7インチは持ち歩き用、12.9インチはキーボードをつけて据え置き閲覧用、SO社製防水タブレット10.5インチは風呂用にしている。贅沢なようだが、失った会話やコミュニケーション能力を補うためである。
2)終活(エンディングノート)
筆者の病状は、脳幹梗塞という重いもので、後遺症もひどいものだ(要介護5)。倒れた後意識を失いICU(集中治療室)に1週間入っていた。脳幹梗塞で筆者は、重い嚥下障害と言語障害を負ったが、一歩間違えれば、呼吸機能が麻痺し死ぬ寸前だったようだ。後に担当看護婦が言ったが、もう死ぬと思っていたそうだ。そんな重篤な症状で生き延びたのは、まだ死ぬ用意と覚悟がなかったからだ。
それまで、扁桃腺の手術以外、手術経験がなく、ましてや入院経験もなかった筆者は準備不足だったのだ。最近高齢者が増加し、終活という言葉が出てきた。自分の死後のための準備だ。死後の準備として遺言が重要だが、遺言は資産中心(相続財産の無用な争いを避けるため公正証書を組んでおく)であり、それ以外の処理の準備が必要だ。仕事上の整理、葬儀の規模、葬儀の連絡の範囲、などたくさんの項目がある。
筆者が地元池袋の出身校R大学大学院教授に就任した15年ほど前に、大学時代に所属した体育会運動部の同期の主将だった友人のKが研究室を訪ねてきた。Kは大学卒業後、大手保険会社に勤務していた。どうしたのかと聞いたら、R大学に入学したという。大学院かと思ったら、社会人向けの1年間の講座(Rセカンドステージ大学)であった。大学院のように単位は取れないが、教えるのは大学院クラスの教授である。画像⑪Kの入学式
話を聞いたら、保険会社から取引先に出向し、だいぶ暇になったからだという。勉強のテーマは末期の肺がんを患い治癒の見込みはないので、死の準備、エンディングノートの作成だという。教える教授より貫禄のあるKは授業の後、教授や同級生を引き連れ、筆者が池袋で経営する居酒屋で歓談していた。それから十数年後の昨年、長年の闘病の甲斐なく静かに旅だった。亡くなる数か月前に体育会の同期4人で集まり最後の歓談を楽しんだのがせめても慰みだった。画像⑫同期4人の写真
Kの遺言で、家族葬で静かに葬儀を終えた。葬儀に参加できなかったので、しばらくしてから自宅を訪問し仏壇に線香をあげた。Kは20年ほど前に学生時代から相思相愛だった同じ年の奥さんに先立たれ、数年後に娘と同年代の若い後添えをもらっていた。保険会社時代の部下を口説いて(命令といったほうがよいだろう)再婚し、夫婦というより、上司と部下の雰囲気だった。Kにとっての気がかりは彼の死後の、奥さんと子供たちの人間関係だったのであろう。そのために彼の死後のことを詳細に描いたエンディングノートを残していた。お線香をあげた後にそれを拝見し、スマホで撮影し参考にすることにした。
さすが大手保険会社に勤務した経験を生かしたノートであった。仏壇に挙げてほしい気に入りの写真から始まり、残された家族への感謝の言葉で始まり、家族・友人・会社関係者への連絡、葬儀(家族葬)、生命保険や銀行預金・年金の件、葬儀社への連絡、寺への連絡(戒名 など)、区役所への手続き、保険会社への連絡、支払い(水道光熱費、電話やネット、クレジットカードの手続きなど詳細に冷静に述べられていた。画像⑬エンディングノート表紙、画像⑭家族への感謝
筆者もこれから1年ほどかけてエンディングノートを作成し、次回病床についた際に心安らかに旅立ちたいと思っている。
3)最後に
1年間にわたって筆者の病気の説明を述べさせていただいたが、健康な読者の方には退屈であったと思う。この病を不幸にして経験してから思い出して、参考にしていただけるように、筆者の個人会社のHP(oh@sayko.co.jp)にアップしておくので、必要になったらお読みいただきたい。また質問のある方はメールを戴ければ幸いだ。
終わり
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お断り
筆者は医療関係者や栄養学の専門家でなく筆者の体験を語っているだけであり、専門用語や内容に誤りがあることをご承知おき頂ければ幸いである。
食事記録の写真入りの詳細な記録は筆者のfacebook(https://www.facebook.com/toshiaki.oh)に詳細にアップしてある。2012年9月29日から10月22日まではアップしていないが、それ以降は急性期病院から、リハビリ病院の嚥下食の推移、入院中の車椅子での外出・外食までアップしているので、アクティビティ・ブログをご参照いただきたい。
王利彰 略歴
立教大学卒業後、レストラン西武(現・西洋フード・コンパスグループ株式会社)、日本ダンキンドーナツを経て、日本マクドナルド入社,運営統括部長、機器開発部長、などを歴任後,コンサルタント会社清晃を設立。
その他、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授、関西国際大学教授、などを歴任。現在(有)代表取締役
E-MAIL oh@sayko.co.jp