嚥下障害と介護食「施設のバリアフリー」 第8回目(日本厨房工業会 月刊厨房)

嚥下食の問題について筆者の経験を述べさせていただいた。今回は施設のバリアフリーの問題を筆者の体験から述べさせていただく。筆者が感じる嚥下食と施設のバリアフリーの共通した問題は、医療従事者や医療専門家が観察して定めたもので、患者の経験や視点に立った対策が弱いのではないかということである。施設のバリアフリーというと、段差を緩やかな傾斜にする写真①②や、手すりの設置写真③④、車椅子対応の多目的トイレ写真⑤,⑥などであるが、それらは点に過ぎず線としてつながっていない。入口から目的地、トイレの利用、帰り、まで体の不自由な立場に立って線が全部つながるべきだが、現実にはそうなっていない。多目的トイレやスロープの整備はやっているが、患者の視点でスムーズに利用できないのが現実だ。
まず、脳卒中患者の体の不便さを見てみよう。筆者などの脳卒中の症状は脳出血も脳梗塞も、脳にダメージを受けることでは同じで、脳卒中には、脳の血管が破れて出血する「出血性」と脳の血管が詰まって起きる「虚血性」の、大きく二つのタイプがある。出血性には「脳出血(脳内出血)」と「くも膜下出血」があり、虚血性の代表的なものが「脳梗塞(こうそく)」だ。
症状は異なるが、ほとんどの患者に体の(言語、感覚、嚥下、排泄、歩行)などの運動障害や思考障害が残る。施設のバリアフリーに直接関係してくるのは運動の障害だ。代表的な症状が片麻痺だ。運動にかかわる脳と神経が機能しなくなり、障害を受けた脳とは左右逆側の手足に麻痺が起こり、下肢の麻痺の場合は、歩行に杖や歩行器を要したり、移動に車椅子を要する場合などがある。また、失調と言って手がうまく機能せず、洋服を着られなくなる、コインをつまんで取り上げられなくなることなどの細かい日常作業ができなくなる。
筆者の現在の状態は、体の左半分が麻痺(小脳が大きくダメージを受けている)し、左耳の聴力を失うだけでなく三半規管が機能しない。また、左目が麻痺し複視という物が2重に映る状態だ。そのため体のバランスが取れずふらつき、歩行が不安定である。本来は車椅子のほうがよいのだが、リハビリのため頑張って杖で歩行するようにしている。健康時の1/4の速度でやっと10分、数百メートル歩行が可能にすぎない。脳卒中の患者が歩くとき、麻痺した側の足を外に開き、膝を曲げないで歩くことが多い。麻痺した側の足が、コントロールが効かないので、うっかりすると、体の中心から外れ正常な側の足に近いほうに着地し、バランスを崩し不自由な足の方向に転倒する危険があるからだ。膝が曲がらないのは、硬直しているからだ。左足は20KGの重りをつけたような不自由さだ。
また片側の手足が麻痺していると、歩こうとする際に麻痺した側の足が自然に出ず、上体だけ前に進みバランスを崩し転倒しやすい。特に進行方向を左右に変えたり、振り返る際にバランスを崩す。
完全に二本足歩行できるのは、人間のみである。直立して2本足歩行できるので、重い頭部を支えることが可能でさらに、頭部の脳が巨大に重くなっても支えられる。四つ這いになって這ってみるとわかるのが頭部の重さだ。この巨大に成長した頭部が人間の知能を発達させたのだ。二本足で巨大で重量のある頭部を支えるために、巨大な脳(小脳と大脳)は体のバランスの状態を計測演算し、指令を神経を通じて多くの筋肉に送り、体のバランスをとっている。この演算装置の脳の一部(筆者の場合は大部分)が、脳卒中により血流が止まり壊死し、筋肉に指令を伝達できなくなって、バランスが取れなくなるのだ。
脳卒中の理学療法や作業療法の基本的な訓練は、体幹及びインナーマッスルを鍛えて、失った体のバランスをとることだ。筋肉には大きく分けるとインナーマッスル(深層筋)とアウターマッスル(表層筋)の2つに分かれる。(医学的には不正確な表現だが)通常の運動で鍛えるのは大きな力を出すアウターマッスルだ。胸板(大胸筋)や力こぶ(上腕二頭筋)、ふくらはぎなどだ。アウターマッスルはベンチプレスや腹筋腕立て伏せなどの激しい運動で鍛えられ、外部から鍛えたことがわかる。モノを持ち上げたり、走ったり飛んだり目に見える大きな動きに関わる筋肉である。
インナーマッスル(深層筋)とは骨盤や背骨周辺の細かい筋肉で、体のバランスをとるために重要だ。姿勢の維持やバランスをとるときなどに働く、比較的小さな動作に関わる筋肉だ。分かりやすく表現すると 腕や脚の表面から見える筋肉がアウターで胴体を動かす筋肉がインナーだ。
筆者は学生時代、乗馬部は体育会ではない、馬にただ乗っている楽なスポーツと思っていたが、乗馬は激しいスポーツだ。激しく動く馬に乗っているときは鞍に腰かけているのでなく、足の表層筋(大腿筋など)を使い鞍から体をほんの少し浮かして乗っているのだ。鞍に尻を乗せていると、馬の上下運動の衝撃がもろに伝わるし、馬がジャンプする動きについていけず振り落とされる。乗馬中に一番大事なのは状態の姿勢の制御で、これをつかさどるのが体幹についている無数のインナーマッスルなのだ。テレビ通販などで腰周辺の筋肉を鍛え、絞り上げる機械として、電動乗馬機を売っているが、これがインナーマッスルを鍛える機器だ。
インナーマッスルは意識して鍛えるのが難しく、ヨガや、太極拳(沖縄空手の剛柔流、糸東流の三戦サンチンの型も)もバランスをとるゆっくりした筋肉の動きだ。リハビリでは、このインナーマッスルを鍛えなおして、体幹の安定性を増して、歩行や手作業を安定させることが重要である。

脳と歩行の関係論文
https://www.soken.ac.jp/file/disclosure/pr/publicity/journal/no02/pdf/08.pdf
https://www.shinko-keirin.co.jp/keirinkan/csken/pdf/60_03.pdf

http://www.s-yamaga.jp/nanimono/seimei/jinrui-01.htm

失調とは
http://www43.tok2.com/home/henrique/study/2/undousicchou.htm
http://www.nanbyou.or.jp/upload_files/sca_sara.pdf
http://seisan.server-shared.com/652/652-87.pdf
https://scholar.google.co.jp/scholar?q=%E6%AD%A9%E8%A1%8C%E3%80%80%E4%BD%93%E5%B9%B9&hl=ja&as_sdt=0&as_vis=1&oi=scholart&sa=X&ved=0ahUKEwjU3_vol4rSAhVFa7wKHb37AXMQgQMIGDAA
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ptcse/20/1/20_7/_pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jkpt/2/0/2_0_113/_pdf
http://www.japanpt.or.jp/conference/jpta50/abstracts/pdf/1001_P3-B-1001.pdf

http://www.re-studio.jp/backpain/pg124.html
http://www.i-muscle.net/
https://books.google.co.jp/books?id=rZFYCgAAQBAJ&pg=PA7-IA11&lpg=PA7-IA11&dq=%E4%BA%8C%E6%9C%AC%E8%B6%B3%E6%AD%A9%E8%A1%8C%E3%80%80%E4%BD%93%E5%B9%B9&source=bl&ots=z_ZmZbQ7SD&sig=hYetbtWIqz3L8nSbg6khdFRDrsw&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiKkdXYlorSAhXFE7wKHb4aC1IQ6AEISzAK#v=onepage&q=%E4%BA%8C%E6%9C%AC%E8%B6%B3%E6%AD%A9%E8%A1%8C%E3%80%80%E4%BD%93%E5%B9%B9&f=false

インナーマッスルとアウターマッスル 体幹
http://beauty-health-training.com/taikan-kinniku-11

また左手が震える失調であるが、エスカレーターを利用するとき左でベルトを掴むのだが、左手が大きくぶれて掴めず転倒しそうになる。そこで右手の杖を左手に持ち替え、右手でベルトを掴む。写真⑦のように上下の踊り場に手摺を置いて、体勢を整えられるとよい。写真⑦は片側だけだが、左右に手摺があれば完璧だ。患者によっては麻痺した側の手が全く開かない場合があるが、筆者の麻痺した左手は、拳を開くことは可能だが、Yシャツなどのボタンを絞めることができないし、左手で物を掴んで包丁で切ることができない。左手でご飯茶碗をもって、右手に箸を持って食べることもできない。麻痺していない右半身であるが、皮膚感覚が鈍く、風呂などの温度がわからず、物もうまくつかめないという問題も抱える。皮膚感覚が鈍く、右手で物をうまくつかむことも難しいのだ。筆者が苦労するのは、食事とパソコンの入力だ。この原稿もパソコンで描いているのだが、左手のコントロールが効かず、タッチタイプ(以前はブラインドタッチと言っていたが差別用語になるとしてタッチと変更された)ができず、右手1本指で入力せざるを得ない。また、目が複視でミスタイプも多く、以前の10倍以上時間がかかるので、原稿入力が遅れ、編集の方に多大な迷惑をおかけしている。
筆者のような脳卒中の症状を体験することは可能だ。東京ガス 新宿ショールームに、シニアシミュレーション・コーナーがあり、体の不自由な高齢者の生活の不便さを体験できる。
http://home.tokyo-gas.co.jp/showroom/tss/program/details03.html
ここでは、特殊な眼鏡をかけ、サポーターや錘で手足の動きを不自由にして、階段や家具の利用を体験させる。筆者も健康的な時に体験したが、現在のようになるともっと不自由だと思える。
脳卒中の患者は、大脳に被害を受け思考や記憶に障害を持つことがある。リハビリ病院、デイサービスで高齢者や脳卒中の患者を見ているが、体の不自由な筆者以上に大変だ。

筆者の症状は重いほうだが、患者によりレベルは異なるが、共通した後遺症は体の片側麻痺と、手や足の失調だろう。今回はレストラン、ホテル、旅館、大規模商業施設、オフィスビル、公共の建物、の利用を線としてみてみよう。施設のバリアフリーという意味では車椅子と杖歩行では全く異なる。自力走行の車椅子の場合(電動などの動力補助がない)、段差は全く歯が立たないし、急こう配の傾斜も自力では無理だ。その場合は介助が必要だ。車椅子のもう一つの問題はトイレだ。トイレを利用する際に、車椅子でトイレ内に入り、自力で立ち上がり、便器に移り用を足す(場合によっては介護人の援助を借りて)。車椅子でトイレに入るためには、多目的トイレという車椅子の向きを変えられる3畳から4畳ほどの面積が必要だ。政府は高齢者、障害者の増加に伴い、公共性のある建物を利用しやすいようにするため、平成6年にハートビル法を制定。平成15年4月1日に法改正。平成18年12月に同法(不特定多数利用の建物が対象)と交通バリアフリー法(駅や空港等の旅客施設が対象)を統合し、バリアフリー新法として施行している。
外食や宿泊業は、面積により、新築時、改造時に法の対象となる。大きな規制は車椅子と人がすれ違える廊下通路巾の確保(1.2m)。トイレの一部に車椅子用のトイレがひとつはある。目の不自由な人も利用し易いエレベーターがある、車椅子用のトイレが必要な階にある
。床はなるべく段差を設けない。床の段差はスロープとし、1/12以下の勾配とする。(16cm以下の段差の場合は1/8以下)。床仕上げは滑りにくいものとする。階段やスロープに近接する床には点状ブロックを設ける。出入口巾は80cm以上にする、身障者用駐車場を設ける
などだ。費用で高い身障者用の多目的トイレは広さが通常の二倍ほど広く、新店舗では、建築関係で約150万円、便器などの装備で約50万、自動ドアーで50万円、オストメイト患者(人工肛門を取り付けた患者)用汚物流しシャワー型は電動湯沸かし器が必要で50万円、合計で200万円から300万円もかかる。改装の場合は、さらに既存トイレや壁の解体費が余分に掛かるのでさらに50万円から100万円高くなる。
<ハートビル法>
ハートビル法とは、《heartful+buildingから命名》公共性の高い建築物に対して、高齢者や身体障害者らに利用しやすい施設整備を求めた法律。平成12年(2000)施行。正式名称は、「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」。平成18年(2006)、同法と交通バリアフリー法を統合したバリアフリー新法が施行された。
<国土交通省の説明>
「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー新 法)」 が、平成18年(2006年)12月20日に施行。
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/barrier-free.html
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/barrier-free.files/12panfuretto.pdf
http://www.mlit.go.jp/barrierfree/transport-bf/explanation/kaisetu/kaisetu_.pdf
<多機能トイレ 国土交通省設計基準>
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/build/barrier-free.files/11-07benjo.pdf#search=’%E8%BB%8A%E3%81%84%E3%81%99%E4%BD%BF%E7%94%A8%E8%80%85%E7%94%A8%E4%BE%BF%E6%88%BF’

施設を利用する際に入口から考えてみよう。日本は雨が多いので歩道から建物に入る際一段上がる形状が多い。10cmくらいの段差だが、車椅子を自走している場合は登れないし、杖歩行の場合もふらついて転倒の恐れがあり、恐怖感を覚える。入口に階段の他にスロープを付けることが多いが、それだけでは不十分だ。
スロープを車椅子で利用する場合は、自力走行で上がれる傾斜で良いが、単独の杖歩行では問題がある。スロープを杖で登るのはちょっとふらつくが問題はない。しかし下るのは登山と同じく難しい。体重を杖で支えるのが難しく転倒しやすい。スロープの左右に手摺がほしい。古い大規模な施設でも、階段にスロープを付けるが、手摺をつけない場合がある。手摺をつけても片側しかない場合も多い。スロープの登り右側だけ手摺がある場合を考えてみよう。筆者の場合左側麻痺なので登る際に右手で手すりに?まる。問題は下るときだ。筆者の左手は硬直や委縮していないので手摺に?まることはできるが、移動の際に手がぶれて手摺を掴めず転倒しそうになる。階段も同様だ。左右に手摺がないと、下りで難儀をする。スロープへの改装例写真⑧、手摺を全く設置していない例写真⑨
筆者の自宅は、歩道から1段上がるので、入り口左右に縦型の手すりを設置した。写真⑩,多目的トイレの写真⑤,⑥にL字型の手すりがあるが、縦型の部分は立ち上がる際、横型の手すりは前後に移動する際と体のバランスをとる際に使う。筆者は退院する際に自宅に最小限の手摺を取り付けたが、2度ほど転倒したので、全ての部屋の入口に(特に段差がある場合)縦型の手すりを取り付け写真⑪、廊下には長い横型の手摺を取り付けた真写⑫。また、入り口から部屋までのすべてに切れ目がないように手摺を取り付けた。狭い階段もこのように両サイドに手摺があるべきだ。写真⑬ 公共施設や病院などでは広い通路もこのように両サイドに手摺がある。写真⑭
続く
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お断り

筆者は医療関係者や栄養学の専門家でなく筆者の体験を語っているだけであり、専門用語や内容に誤りがあることをご承知おき頂ければ幸いである。

食事記録の写真入りの詳細な記録は筆者のfacebook(https://www.facebook.com/toshiaki.oh)に詳細にアップしてある。2012年9月29日から10月22日まではアップしていないが、それ以降は急性期病院から、リハビリ病院の嚥下食の推移、入院中の車椅子での外出・外食までアップしているので、アクティビティ・ブログをご参照いただきたい。

王利彰 略歴

立教大学卒業後、レストラン西武(現・西洋フード・コンパスグループ株式会社)、日本ダンキンドーナツを経て、日本マクドナルド入社,運営統括部長、機器開発部長、などを歴任後,コンサルタント会社清晃を設立。
その他、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授、関西国際大学教授、などを歴任。現在(有)代表取締役
E-MAIL            oh@sayko.co.jp

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