嚥下障害と介護食「老舗ホテルレストランのバリアフリー対応」 第2回目(日本厨房工業会 月刊厨房)

先月号のちょっとフォローをしよう。急性期病院とリハビリ病院の食を比較し、前者がひどいという印象を与えたかもしれないからだ。急性期病院とリハビリ病院の役割は基本的に異なり、比較するほうがおかしいのだ。急性期病院の役割は病気の治療であり、そこで提供する食事は治療の一環である。入院患者により治療食は異なり、同じ食事の食数は少ない。そのため、献立を用意できないのだ。手書きの献立をご紹介したのは、献立がほしいと筆者がわがままを言ったから、看護師さんと管理栄養士さんがわざわざ手書きで書いてくれたからだ。急性期病院の看護士(主として看護婦)さんの仕事は治療であり、24時間体制で勤務し、真夜中に呼んでも嫌な顔を見せずに来てくれる。その忙しい看護師さんに無理を言って手書きの献立を書いてもらったのであり、筆者は大変感謝している。
リハビリ病院は病状の安定した患者のリハビリが中心であり、基本的に病気の治療をしない。看護師さんも勤務体制は24時間でない。(もちろん緊急時に備えて24時間待機している看護師さんはいるが)リハビリ病院で提供する食事は治療目的でなく、患者をやる気にさせるリハビリの一環なのだ。だから私の入院したリハビリ病院は、提供する食事にこだわっているのだ。

ここでリハビリテーションとは何か、私の理解の範囲と経験からで簡単に説明しよう。
現代的なリハビリテーションという概念は比較的新しく、主として米国において第2次世界大戦後、負傷した多数の負傷した退役軍人の社会復帰の必要性から出来上がったといわれる。
 事故や病気で失った神経や脳の機能を回復させるには病後状態が安定したら直ちにリハビリテーションを行うことが、機能回復に良いという考え方だ。脳卒中は脳出血や脳梗塞により、大脳・小脳に血液が届かない状態が4時間以上続くと、脳の一部が壊死し、神経細胞も壊れるというものだ。大脳が壊死すると、記憶や思考能力、判断力を失い、小脳が壊死すると、体を動かす能力を失う。体を動かすには、主として小脳で判断し、神経を通し筋肉に指示を与える。脳や神経が壊死すると再生せず体を動かす機能はなくなるのだが、脳や神経にはまだ解明されていない働きや部分があり、残された部分の脳が代替わりし、新しい神経を再生し運動機能の一部が回復するのではないかというという研究がなされている。

その壊れた脳や神経を再生させたり、代行させるには病後なるべく早く、リハビリ運動を開始したほうが良いという考えだ。
入院した急性期病院にも立派なリハビリテーションの設備があり、入院後2週間後には、ベッド上でリハビリテーションがスタートした。
筆者の受けていたリハビリは主に3種類あり
1.理学療法(P.T. ピーティー Phisical Therapy 体の動き、主として歩行訓練。以下略してP.T.)
2.作業療法(O.T. オーティー Occupational Therapy仕事や社会的な役割で必要な日常生活作業指導。以下略してO.T.)
3.言語聴覚療法(S.T. Speech Therapy 言葉と嚥下、視聴覚、認識能力、などの指導。 Speech-Language-Hearing Therapist 、とも呼ばれる。以下略してS.T.)
 の3種類だ。

理学療法は、座る、立つなどの基本動作ができるように身体の基本的な機能回復をサポートする。寝返る、起き上がる、立ち上がる、歩くなどの日常生活を行う上で基本となる動作の改善を行う。病気が安定した後、筋肉や関節を動かす部分の基本的な動作機能を回復させるために、運動療法を施すというものだ。筆者は、急性期病院に1か月半、リハビリ病院に4か月半入院し、そのうちの5か月を車椅子で過ごした。車椅子でリハビリ施設に行き、平行棒などを使って歩行訓練を行った。
歩行訓練は最初リハビリ施設内で行い、歩行、階段の上下などを行い、最後の仕上げが、外の歩行訓練だ。リハビリ施設は、平らで歩きやすいが、外は凸凹したり、坂があったりするから、退院後まごつかないような訓練だ。リハビリの進捗状況は、一定距離の歩行時間や、目をつぶった片足立ちができるか(バランス能力を見る)などで評価する。
作業療法(O.T. Occupational Therapy)とは単なる作業のことではない。英語のOccupationalとは職業を意味し、正確には職業や社会生活上の役割、日常生活、趣味などに必要な日常生活作業療法ということになるだろう。作業療法は日常生活や仕事などに必要な手の細かい作業や、部屋内の動作が中心となる。
社会生活上の役割に必要な日常生活作業とは、職業についていない主夫・主婦の場合でも、炊事洗濯、掃除、布団の上げ下ろし、縫製などの日常生活に必要な作業だ。
職業の場合で言えば、大工作業、パソコン操作、等の社会復帰に必要作業ができるか体験し、なるべく能力を復帰できるようにする。筆者でいえばパソコンによる文書入力であり、実際に設置してあるパソコンを操作し両手でタッチタイプを行う。筆者の左手は動くのだが失調という状態で、手が震え正確に動かないので両手のタッチタイプはできなくなった。
 リハビリ施設には、調理機器、洗濯機、大工用の電動工具、パソコンなどをそろえており
それぞれの患者に必要な作業能力の回復訓練を行う。
 リハビリの進捗状況は、写真にあるような細かいものをつまんで移動できるか、などで評価する。さらに、実際に使える台所があり、簡単な朝食を用意できるかなどでも評価する。
Hリハビリ病院ではS.T.は会話だけでなく思考力(計算、図系認識、言語認識、記憶力)、視聴力、飲食の能力の幅広い訓練も含んでいた。会話の能力は発音、視聴覚能力は図形認識やテープの聞き取りで判断する。認識能力、記憶能力は数字の計算速度や、聞き取りで判断する。
大脳に損傷があると歩行能力などの外観ではわからないが、記憶や思考能力に問題を持つ。同じ部屋の入院患者に、外見や会話は健康な人と同じなのに、記憶がまだらな人がいた。例えば絵本や写真で動物を指しても、認識はするのだが名前が出てこない。またもう一人の人は会話していても頭脳明晰なのだが、その日の行動の記憶が全くないし、数分前に何をしたのか言えない。また、他人の欠点ばかり気が付き怒りっぽくなったり、自分がどこにいるのかわからない。ある患者は食事の際に、サラリーマンが接待の食事をしている気持で、毎食後「おいくらですか?」とか、帰りのタクシーを頼んで笑いを誘っていた。このように人により異なる症状が、リハビリ指導を難しくしているようだ。

先に述べたようにP.T.やO.T.、S.T.の言葉・視聴覚・認識能力・記憶能力は療法士が評価しやすいが、S.T.の幅広い仕事の中の嚥下障害に関しては、VFというレントゲン撮影でしか嚥下状態を判断できない。しかしレントゲン撮影はそんなに頻繁にできない。S.T.の仕事の範囲が広く、嚥下状態を本人しか評価することができないことが、嚥下のリハビリ訓練を難しくしていると感じた。

このリハビリ病院はお仕着せの訓練ではなく患者の自主性を重んじている。急性期病院から転院する際は、ブートキャンプのようなスパルタ訓練だと聞かされ心配であった。友人が他のリハビリ病院で夜、血の出るような歩行訓練をしていたと、聞かされていたので、心配であった。
しかしスパルタという意味は、急性期病院ではリハビリ訓練は土日祝祭日年末年始は休みであったが、リハビリ病院ではリハビリ訓練は365日、年末年始も休みがないというだけのものであった。リハビリ時間は筆者の場合でS.T.1時間、O.T.1時間、P.T.1時間、合計3時間に過ぎなかった。もちろん、食事も嚥下訓練の一環であったが。慣れてくると、空いた時間に廊下などでの自主的な歩行訓練をできるのだが、その場合でも担当の療法士・看護師・医師の3者の同意と監視が必要という慎重なものであった。
歩行訓練もへとへとになるまで実施すると思っていたら、実施前に血圧・脈拍を計測し、高いと激しいリビリは実施しないし、途中で血圧・脈拍をチェックする、慎重なものであった。また、リハビリ訓練前には、全身をチェックし、筋肉・関節に疲れが残っていないか確認し、必要ならマッサージを施してくれた。
ただ、朝起きたら、自分で着替え、車椅子や杖歩行で食事スペースに向かわなくてはいけない。風呂も、自分で入る。もちろん、介護士見守りの上だが。体を洗い石鹸を流すのも自分で行う。着替えた洋服の洗濯も、ランドリースペースに備え付けのコイン式洗濯機や乾燥機で行う。
筆者は転院後30日ほどは個室であったがその後は大部屋に移った。個室では夜中までテレビや電気をつけていたが、大部屋では自主的に消灯時間を決めて規則的な団体生活を行う。
 食事のリハビリは、まず姿勢、口に入れる食品の量を健康な時の1/2から1/3にする。
ペースト食、ソフト食、軟菜、普通食の順番で食べる訓練をする。食事の硬さを変更する際はS.T.が立ち会い確認する、などであった。
筆者はペースト食をリクライニングの車椅子で食べることから始めた。朝食をとっている時に看護婦さんに「美味しい?」ときかれた。筆者が口ごもっていると、もう一人の看護婦さんが「美味しいに決まっているでしょう。こんなに若く綺麗な看護婦がつきっきりで食べさせているんだもん」と言い切った。おっしゃるとおり、看護婦2名がつきっきりで、巣で親鳥が運んでくる餌を待っているかのごとく口を開けて待っている筆者の口にペースト食を入れてくれるのだ。文句は言えない。でも心では、これでもう少し食事に変化があればね、と思っていた。
 転院後一か月半過ぎ、ペースト食から、軟食にグレードアップし、クリスマスとなった。
このリハビリ病院はクリスマス、年末年始、節句などには特別な行事食を作ってくれる。

12月24日のクリスマスイブの食事は

3食ソフト食

朝 ソフト食
パン粥2枚
エビ入りカレー風味スープ(味を出すために入れたベーコンの細切れが喉に引っかかる)
トマトとブロッコリーサラダ エネ
低脂肪牛乳 180ml (とろみ剤が下に固まって飲みにくい]
DP ジャム (ストロベリー)
 542kcal
塩分2.3g

昼 全てソフト食
パン粥2枚
肉団子と野菜煮込み
パスタサラダ ノンオイル
白桃 白ワインゼリー
DP ジャム (ママレード)
592kcal
塩分2.6g

夕方にはスタッフが手作りのクリスマスパーティを開いてくれ、

夕食 は クリスマス特別メニューであった。

パン粥1枚
スパークリングワイン(実はとろみ剤入りジンジャーエール)
野菜と真鯛のスープ
牛肉のクレープ包み
トマトとクリームチーズ(カプラーゼ風)
ブラマンジェ(アーモンド風味のソース)
DPジャム ストロベリー
603kcal (Ⅰ日1600kcal)
塩分3.3g

大変おいしかったのだが、クリスマスにジンジャエールでがっかりしたので、外部のレストランに行きたい。外食したいと切に思うようになった。同室の患者を観察していたら、時々外出をしている。退院を目前にし、電車やバスの利用訓練や、自宅の階段などへの手すり取り付けなどの改修必要性の調査に療法士動向で外出している。ならば、食事の外出も可能だろうと担当の療法士に相談した。そしたらあっけなく許可が出た。
問題はどんなレストランかだ。筆者はまだペースト食や軟食であったのでそのような料理を作れなければならない。また、車椅子で利用できないといけない。車椅子の場合は段差があってはいけないし、トイレも3畳くらいの多目的トイレでないと利用できない。そんな条件を満たすレストランを必死で考えた。幸いなことにHリハビリ病院は、筆者がサラリーマン時代を過ごした西新宿の高層ビル街に近く、土地勘があったのだ。西新宿の高層ビル街には老舗ホテルが軒を連ねており、サラリーマン時代に宴会や接待などでよく利用していた。
 そこで近くの外資系ブランドのHホテル内のフレンチMに行くことにした。Hホテルの玄関は広くタクシーの乗り降りがゆっくりできる。またホテルは車椅子を備えており貸してくれる。フレンチを選んだのは、ペースト、ピューレ、ムースなどの柔らかい料理は得意だからだ。
事前に病院の管理栄養士とS.T.、看護婦達と食べられる料理を打ち合わせした。そしてレストランMのシェフに筆者の病状と食べられる料理を依頼して、特別メニューのレシピーを作ってもらった。筆者の食べられる料理で、同行者の通常メニューの品数と同じ皿数に調整してくれた。
そのレシピーを管理栄養士とS.T.看護婦とに見せ許可をもらった。 当日は会社のスタッフに同行してもらい、病院の玄関からタクシーに乗りホテルに向かった。病院の車椅子は乗り捨てだ。ホテルに到着すると、ベルマンが車椅子を用意して迎えてくれ、レストランまで押してくれた。

¥10500円のランチメニューだった。

胡桃ペーストとうもろこし粉つけ揚とイカスミ粉つけ揚
ブロッコリーとほうれん草のスープ
白人参と梨の蒸し物(ピューレ)
南瓜のペースト
フォアグラの茶碗蒸し(グラタン風)黒トリフ添
パンナコッタ
栗のスフレ
プチデセール
ハーブティ

 最初にシャンパンで乾杯した。健康な時には一気飲みが可能であったが、嚥下障害でむせてしまった。シャンパンはアルコール15%と強く炭酸もきついのであった。しかし立派なお皿に綺麗に盛り付けられた料理に大満足だった。
 ホテルのレストランを見直した。築40年以上の古い建物だが、身体障害者対応にきちんと改装している。さすがにレストラン内には車椅子で使えるトイレはないのだがホテル4階の広い対応トイレまで、店舗の方が車椅子を押していってくれた。バリアフリーのレストランという意味ではホテルのレストランは完璧だ。この外出で気をよくして、入院中、車椅子で6回ほど食事に出かけたのであった。

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参考HP

再生医療
http://www.saisei-iryo.info/news/search_keyword.php?word=%90_%8Co%8D%C4%90%B6%81E%90_%8Co%82%CC%8D%C4%90%B6%81E%90_%8Co%82%F0%8D%C4%90%B6%81i%88%EA%97%97%81j

http://www.tmd.ac.jp/cbir/1/ajioka/index.html

厚生労働省 療法士資格
http://www.mhlw.go.jp/kouseiroudoushou/shikaku_shiken/gengochoukakushi/

http://www.mhlw.go.jp/kouseiroudoushou/shikaku_shiken/

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お断り

筆者は医療関係者や栄養学の専門家でなく筆者の体験を語っているだけであり、専門用語や内容に誤りがあることをご承知おき頂ければ幸いである。

食事記録の写真入りの詳細な記録は筆者のfacebook(https://www.facebook.com/toshiaki.oh)に詳細にアップしてある。2012年9月29日から10月22日まではアップしていないが、それ以降は急性期病院から、リハビリ病院の嚥下食の推移、入院中の車椅子での外出・外食までアップしているので、アクティビティ・ブログをご参照いただきたい。

王利彰 略歴

立教大学卒業後、レストラン西武(現・西洋フード・コンパスグループ株式会社)、日本ダンキンドーナツを経て、日本マクドナルド入社,運営統括部長、機器開発部長、などを歴任後,コンサルタント会社清晃を設立。
その他、立教大学大学院ビジネスデザイン研究科教授、関西国際大学教授、などを歴任。現在(有)代表取締役
E-MAIL            oh@sayko.co.jp

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