運営部長、統括SVのための実力養成講座- SV育成の基本は現場でのOJTにつきる
マクドナルドのSVと言えども、最初から能力があるわけでもないし、SVになっていても色々な問題を抱えた人がいると言うことはおわかりいただけたと思う。しかし、人材の質が悪いからと言ってSV教育が出来ないと泣きを入れることは許されない。与えられた人材の範囲で最大限の効果を上げるのが統括SVの仕事だからだ。
そのSVに対する教育は本社や本部での座学では出来ない。徹底した現場でのOJTが基本だ。OJTの基本は店舗訪問だ。SVが店舗を訪問し、QSCを正しく実行しているか、人物金の管理はしっかりしているかをしっかりとチェックできるかを教えなくては行けない。まず、店舗の問題点の把握能力が大事だからだ。問題を発見できなければ当然の事ながら改善はできないのだ。
筆者が統括SVになり立ての時に陥ったのがオーバーコントロールだ。SVと店舗をまわるのだが、問題点の発見や解決を自分で行い、SVに問題点を指摘し、その解決方法まで指示してしまうと言うやり方だ。良い言い方をすれば強いリーダーシップといえるのだが、SVが本当に問題点を把握しているのか、発見した問題点を解決する能力があるのかの判断をせずに指示してしまった。SVに対して競走意識があるからどれだけ自分が能力があるかを誇示してしまうのだ。そして、しばらくしてから再度店舗を訪問し、チェックすると何も問題解決していないことが多いと言うことになりがちだった。
さらに悪いのは店舗をSVと巡回しないで、店舗を統括SVが1人でまわってしまうことだった。普段の姿を自分の目で確認したいと思うわけだ。1人でまわると自分のペースで店舗を回れるので効率よいし、店長が統括SVしかいないので、気兼ね無く色々話してくれる。問題点も数多く見つかる。しかし、店舗で発見した問題点を店長や、アシスタントマネージャーに指摘し、解決方法まで指示してしまうことだ。
そして、後でSVに店舗の問題点を指摘したり、怒ったりしてSVよりも管理能力があることを示そうとする。SVはその現場に居合わせなかったから、どんな状況だったかも分からないので、現場には自分なりの考え方で指導する。現場の店長にとっては自分の上司がSVなのか、統括SVなのか分からなくなる。目的意識を明確に持ったSVであれば問題ないが、自分の考え方をもっていないSVは統括の言うとおりやっていれば問題ないということで楽をしてしまう。そうすると大変なのは実は統括SV自身であって、店舗を自ら駆けめぐり疲れ果て、部下のSVは能力がないと嘆くことになる。
最近百貨店の経営が行き詰まっている例が多い。筆者がある数百年の歴史のある百貨店の中のマクドナルドの店長時代だった。ある日、急に店内の改装が始まった。理由を聞くと実力者社長が店舗視察に来るという。社内では天皇と呼ばれる怖い実力者だ。数日であっと言う間にショーケースを並べ替え、カーペットや壁紙を張り替えていた。
社長が訪問する日に立ち会っていたら、玄関で社長の車から店内まで赤いカーペットを引き詰めるではないか。まるで国賓扱いだ。そして、足早に店内を歩き回ると声を上げて現場指導をしている。そして、その場で店内のショーケース等の什器を並べ替えるではないか。ま、それだけ実力者社長は現場を把握しているということだと感心した。しかし、社長が帰った翌日には、それでは使いにくいと言うことで、また元の什器のレイアウトに戻してしまい、いままでとまったく同じ店舗の状態に戻ってしまった。多額の金をかけたのは何だったのだろうか。その社長は、現場の店長や責任者が何を考えて仕事をしているかではなく、自分がどれだけ優秀かということを誇示したくて(自分の権力を確認したくて)、軍隊の閲兵式のように店舗を視察したのだった。この実力者社長は後に会社に対する背任行為で法的な責任を追及されたことでもそれは明らかだ。社長がそうだから社員全体が、部下や取引先に無理難題を押しつけることになる。社員通用門の守衛まで威張り腐るという状態だ。店の売上を上げるには客に丁寧に頭を下げこまめに売らなくてはいけないのに、取引先や系列の会社の威光を笠に、強引な押し売りをして売上を上げていった。バブルのころはそれでも売上が上がったがそんな楽な商売のやり方をしているから結局、一般消費者からの評価は下がり売上が停滞し、なおかつ、部下が上司に何も言わない体質から、無理な投資のつけも重なり、経営陣が退陣し、大規模なリストラをせざるを得なくなってしまったわけだ。
筆者が統括SVになった当初はこの百貨店の社長のように振るまい、部下がどのように考え、問題をどのように解決しようかと言うことをまったく考えていなかったのだ。それがわかったのが統括になり3年後に米国の統括駐在責任者として2年間駐在し、再度地方の統括SVとして赴任してからだった。
米国に2年間駐在して店舗のフランチャズオーナーの仕事と、米国本社の業務を勉強していたが、実際の統括SVとしてのラインの仕事をしていなかったから、2年後に戻ったときには浦島太郎だった。日本マクドナルドは直営中心の運営であり、シカゴ米国本社の方針をいち早くキャッチしどんどん改善を進めていた。筆者のいたのは米国西海岸でありシカゴとは3時間も時差があり、情報は日本よりも遅れていた。米国は各地域のリージョナルマネージャーやゾーンマネージャーに権限を与えているし、じっくりとテストをしないと新規のメニューやオペレーションを採用しないという状況があったわけだ。
そんなのんびりした米国の田舎から帰ってみたら日本マクドナルドのオペレーションはものすごく進化していたのには驚かされた。
筆者が東京の本社のエリアで統括SVをしていたときには、本社の各部のプロジェクトチームとしての活動やその他の仕事が多く統括の仕事に専念できなかった。しかし、久しぶりに日本の地方の統括として赴任するとそんな余分な仕事が無く、じっくりと統括SVの仕事に専念することが出来るようになった。
店舗をじっくりと観察してみると、米国に2年駐在している間に日本のSVの力がものすごく向上していると言うことがわかった。2年間のブランクは大きく、筆者の店舗訪問時の問題点の発見能力よりもSVの力の方が向上しているのを実感した。つまり、店舗を訪問してもSVよりも問題を多く発見することが無くなってしまったということだ。
しかし、よくよく店舗を観察してみると、SVの能力は向上しているのに店舗の状態は改善していないことに気がついた。それは、SVの能力があるのだがそれを旨く発揮していないと言うことだった。当時のマクドナルドの課題は急成長している中で社員の育成とともに退職率を下げるということだった。店舗が急成長する際には大量の社員を必要とするが、店舗展開に気をとられていると、社員を乱暴に扱い退職率が高くなってしまうと言うことだ。そこで、SVの大きな仕事は社員のやる気をどう維持するか、コミュニケーションをどうとっていくかと言うことであった。
そのために会社で社員同士のレクリエーションとして、運動会や地区の飲み会などを積極的に行うようになってきた。それは良いのだが、あまりにも和気藹々とした雰囲気が気になってきた。統括SVとSVの関係もそうだ、地区を訪問すると夜は店長たちの飲み会だし、昼はゴルフをやる場合もあるようだった。
このエリアを回って気がついたのは、店長とSVの人間関係は良いが店舗のQSCの状態と店長の評価が異なると言うことだった。どうもSVの緊張感が欠けており、店舗の社員もSVに対する緊張感が無い。また、SVもQSCなどでうるさいことを言うと、社員の退職率が高まるのではないかという遠慮もあるようだった。
そこで、店舗をSVと回りながらQSCの状況をどう判断するかをチェックしていった。そうすると、店舗に入るときにQSCをまったくチェックしないで店舗に漫然と入るという傾向に気がついた。勿論、店舗の社員とは和気藹々なのは良いのだが、店舗のQSCの状態を性格に把握し伝えないので、QSCのレベルが向上しないと言うことだった。
あるSVなどは遠隔地を担当しており、統括SVがくるときだけ仕事をして、普段は時間管理も良い加減であった。統括SVが店舗を訪問するのはSVと一緒が望ましいのだが、あらかじめスケジュールを言っておくとその場だけ取り繕うようになる。かといって上記のようにSVがいないときに店舗を訪問してもスーパーSVになってしまうわけだ。そこで、SVが店舗を訪問する時間に無予告で先に店舗に到着し、SVが店舗に到着してから何をするか冷静に見ることした。つまり、店舗の状態そのものではなく、SVが何をするかに焦点を当てて観察するようにしたわけだ。
以前にも述べたが抜き打ち訪問といっても、ずる賢いSVの中には統括SVの予定をひそかに入手し、事前に対処する場合もある。そこで、スケジュールをわざと空白にしたり別の予定を入れ店舗で待つようにした。ある場合には、東京に出張した後、翌朝の始発便で空路遠隔地に朝9時には入店するという離れ業をつかい、SVのの仕事の内容をチェックしたりした。そして油断して遅刻をしたSVは東京にいるはずの筆者が店舗にいるものだから驚くわけだ。
その時に筆者は担当のSVに激怒した。遅刻することに怒ったわけではなく、店舗のQSCをまったくチェックしていなかったからだ。
SVが店舗を訪問する際にはQSCと人物金の状態を詳細にチェックしなくては行けないわけだ。SVが抜き打ちにチェックをし、正確な評価をするから店舗の社員やアルバイトは一生懸命働いてくれるわけだ。SVが店舗にきても何もチェックしなくては張り合いが無くなるのだ。
SVが店舗に到着するには到着のし方がある。地方の店はドライブスルーだから、SVは車で訪問する。その際に店舗からちょっと離れた死角に止め、わからないように店舗に入らなくては行けない。店舗に入る際も社員から見えない位置からさりげなく入り、店舗のQSCを一瞬に判断する。店舗に入る際には周囲の清掃状態や窓ガラスの曇り、看板の汚れ(地方だと蜘蛛の巣が貼っている場合が多く、藤田社長に激怒された社員が数多くいた)をチェックし店舗に入り、品質を瞬間に把握する。そして、カウンターに近づき、ハンバーガー類を注文する。
その時に重要なのはどの種類のハンバガーを購入するかと言うことだ。当時のマクドナルドのハンバーガーの提供のし方は、時間帯の売上を予測し、事前にハンバーガーやポテトを製造し、保温ビン(ウオーミングビン)に保管しておく手法であった。保温するといっても許容時間は10分間と短時間であり、時間を経過したハンバーガーは廃棄処分しなくては行けない。そのためにウオーミングビンに保管してあるハンバーガーに1-12の数字をつける。製造して包装してからウオーミングビンに入れたのが、9:10だったら、10分後の20分まで販売できるわけだ。20分は12進方の数字で言うと4の位置だから4のカードをつけ、販売をするカウンターパーソンと、製造を管理するプロダクションコントローラーの双方が時間管理をする。
SVはその内の一番時間が経過しているものを購入し、品質をチェックしなくてはいけないのだ。同時に、ウオーミングビンの中のハンバーガーの数とそれぞれのホールディングタイムカードの数字を記憶する。
SVが入ってくると慌ててそのカードを差し替えて誤魔化すマネージャーもいるから店舗に入った瞬間にハンバーガーの数とカードの数字を把握する。同時に客席とカウンターの客数をチェックし、保温してあるハンバーガと客数のバランスが合っているかをチェックする。廃棄処分してもだめだし、保温数がすくなくて客を待たせてもいけないからだ。
カウンターについたらすぐにストップウオッチをスタートし、オーダータイム、オーダー後の提供時間、他の客への提供時間をチェックする。その際に仰々しくストップウオッチを出すのは厳禁だ。デジタルのストップウオッチ内蔵型を携帯するべきだし、少なくとも秒針の無い時計などを持っているのはとんでもない。
そして、試食を手短にして温度やバンズミートの焼け具合をチェックし、問題があればそれを保管しておく。全部食べるなどもってのほかだ。後で時間帯の責任者に具体的に説明しなくては行けないからだ。
次に客席トイレのチェックをし、それから時間帯の責任者や店長と会話をしながら状況を把握し、厨房、マネージャールームをチェックする。キチン内を手早く巡回し、調理機器の状態、温度管理、時間管理、食材の在庫の過不足、夜間の清掃状況のチェックする。
マネージャールーム内の金庫の鍵が2重ロックになっているかチェックし(ダイヤルロックと鍵の両方がかかっていないと行けない)、金銭残高表と売上の記入チェックを行い、場合によっては、つり銭の用意やキャッシュドロアーの内容もチェックする。マネージャールームでは、伝言ノート、メインテナンスチェックリスト(清掃状態のチェック)、カリブレーションチェックリスト(機械のメインテナンス記録)、納金伝票(銀行などへの)、食材紙製品の発注表などのチェックを行う。そして、当日のアルバイトのスケジュールと売上の状況が正しいかをチェックする。つまり、カウンターの外ではQSCを瞬時にチェックし、カウンター内部では人物金の確認をすると言うわけだ。勿論訪問する前には店舗の月報、週報、運営日報を元に問題点を予測しその部分を集中的にチェックする。 これだけの作業を長くても10分間で行わなくてはならない。ところがこのSVはQSCや人物金のチェックをまったくしないで、自分の仕事を開始したので、筆者は激怒した。また、月報、週報、運営日報、損益計算書の内容も把握していない。この傾向は他のsvも同様で、店舗を単に訪問し店長と雑談するだけであった。そして、全店の過去のQSCのチェックである、MVR(マネージメントビジテーションリポート)の状況を確認してみたらほとんど使用していないと言うことが判明した。人間関係は重視するが肝心要のQSCや人物金の管理がおろそかになり、それが、前回の問題のあるSVと言う現象に現れていたようだ。
そこで全SV(担当は6名)への店舗訪問のトレーニングを開始した。いわゆるSVのアウエアーネス(注意力)を身に着けさせるわけだ。一人一人教育していたら筆者の時間は幾らあっても足りない。そこで2人のSVのペア-を組ませ、店舗を巡回することにした。SVは自分の担当の店には先入観があり、冷静に判断する事が難しい。そこで、他のSVエリアを無予告で巡回することにした。店舗に到着してから、QSCと人物金の項目をMVRを使って詳細にチェックをさせるのだ。
最初にやらせてみると一店舗で数時間もかけたり、MVRの用紙を手に持ってチェックを開始し店舗の時間帯責任者を緊張させてしまった。そこで、チェックと用紙に記入までを30分間とし短時間で内容を把握する練習をさせるようにした。そして、短時間に正確に問題点を把握できるようになったら、今度は自分の担当店舗のチェックをさせる、そして、過去の自分のつけたMVRとの違いを確認させるわけだ。この作業は一人のSVとやるよりも2人のSVで行ったほうがお互いの競争になるし、気がつかなかった個所を見つけることもできる。そしてMVRの内容を筆者と2名のSVでじっくりとディスカッションを行うと、SVは自分の気がつかなかった個所や、不足している知識、チェックの技術を学ぶことができるのだ。筆者としても一人のSVを怒鳴り飛ばす必要も無いので精神的にも楽であったし、SVの本当の能力、これからの可能性もじっくりと判断することができた。
また、筆者にとっても全店を客観的に自分の目で見れるが、他のSVが克明なMVRで記録するので、評価会議の際に正確に評価を把握することが可能になるという副次的なメリットも出てきのだった。
以上
お断り
このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。