初日のトレーニングが最も重要だ

(商業界 飲食店経営1996年12月号掲載)

体験的店長実務ステップアップ講座第4回目

マニュアルの問題点とその解決方法

1)マニュアルの副作用

筆者が会社を辞めてコンサルタントになり4年たった。色々な企業を回って見てみたところ、なんと大手チェーンのマニュアルや、チェックリストが生のまま使われているのに驚いた。勿論最新のマニュアルやチェックリストが流出しているのだ。どうやって流出したかわからないが、それを手にした企業はその効力よりも、強烈な副作用に悩まされているようだった。大体、そのマニュアルやシステムは1000店以上の巨大なチェーンのシステムを動かすように出来ている。世界レベルで考えたら1万店を越えるためのシステムで、各店舗に設置された高度に構築されたPOSシステムや、会計システム、熟練した社員を前提で設計されている。

そんなマニュアルや、チェックリストは、大人の強い薬を子どもが飲んで副作用を起こす様な物だ。その副作用とは大チェーンが必要とする複雑な組織による本社人件費の増大、大型コンピューターが必要な精緻なシステムをコンピュータなしでやることによる、デスクワークの増大。店舗の至る所に散乱する数多くのチェックリスト。複雑なアルバイトの階級制度による時給総額の増大、等だ。

良く勘違いするのだが大チェーンのマニュアルがあれば、同じようなサービスや作業を高い生産性で実現できるということだ。マニュアルは学校の教科書のような物で、学ばなければいけない作業の基準を述べてあるだけだ。その作業の基準をを実現するには、その基準を教える先生のトレーニングが必要になる。学校の先生になるには専門の学校に通ったり、教師の課程を終了するのに数年の歳月を必要とする。教えるという作業は最も高度な作業だからなのだ。マニュアルを使いこなすためには、それを教えるだけのトレーニングシステムが必要だし、それを教える教師の教育が重要になる。優れたマニュアルはトレーニングシステムを実際に経験したものでないと価値がわからないし、使いこなすことはできない。

また、マニュアルがどうやってできたか知らないから、どこが最も大事なのかわからないわけだ。わからないならわからないなりにその理由を追及すればマニュアルを自分のものにできるのだが、面倒くさいからわからない箇所は省いてしまう。ほんの一行だから問題ないと思うわけだ。ところがほんの数語が最も重要なマニュアルのエッセンスだったりする。

筆者が後にSVになり米国マニュアルの翻訳と検証を担当した。そのときにマニュアルのたった一行の検証のために2年間の日時を費やしたことがあった。乳製品の機械の洗浄殺菌のマニュアルであった。そのマニュアルの検討で問題になったのは、洗浄殺菌洗剤と、使用する水の温度だった。乳製品の衛生基準は大変厳しいものがあり、製品から大腸菌が検出されてはいけない。もし大腸菌の検出があれば保健所から営業停止を命ぜられる場合があるくらいだ。従来は乳製品機器の洗浄と殺菌は別々の洗剤で行っていた。まず、機械内部の乳製品を排出し、水で洗い流す。次に中性洗剤を水で希釈しそれで洗浄し、再度水で洗剤を洗い流す。次に水でリンスし洗剤成分を洗い流す。そして、次亜塩素酸ナトリウム溶液100ppm溶液で殺菌し、水で洗い流す。それから、機械の部品を分解し、機械の洗浄と同じ行程で洗浄殺菌する。つまり、2種類の洗剤を使い分けるために閉店後2時間もの時間がかかるのであった。それだけ丁寧に洗浄殺菌しても大腸菌は検出されるような難しい作業だった。当時の日本の洗浄殺菌は、中性洗剤と次亜塩素酸ナトリウム溶液を使用するのが一般的であった。

ところがマニュアルには簡単に洗浄殺菌洗剤で洗浄と殺菌を同時に行うと簡単に明記してある。また、洗浄殺菌洗剤の希釈はぬるま湯となっている。当時の殺菌液の次亜塩素酸ナトリウム溶液は水で希釈するようになっていた。湯で希釈すると殺菌効果がなくなるといわれていた。

洗浄殺菌洗剤がないからマニュアル全体を発行することができなくなってしまったわけだ。米国からこの洗浄殺菌洗剤を取り寄せ日本で使おうとしたが、当時はドルがまだ高くてコスト高で使用することができなかった。また、米国の洗剤は米国の硬水に合わせて作ってあるから日本の軟水で使うと手荒れを引き起こしたり、機械の金属部分を痛めるという問題もあった。そこで米国の洗剤を元に洗浄殺菌洗剤を開発することにした。この課程を説明するのには時間がかかるので詳しくは述べないが、当時の数多くの常識を覆すような発見が合った。

洗剤の検証を進める中で大手乳業メーカーのプラント見学を実施した。そこでわかったのは乳製品機械の洗浄殺菌には中性洗剤や、次亜塩素酸ナトリウム溶液を使用していないということだった。乳製品には、脂肪分、蛋白質、カルシウムやマグネシウムなどが含まれている。

この洗浄に中性洗剤を使用しても、脂肪分は溶解しないし、中性洗剤がカルシウムやマグネシウムと結合し、乳石となり、機械内部にたまるようになる。乳石は軽石のような形状だからその内部に乳製品が残り細菌が繁殖するようになる。

そのために乳業メーカーでは中性洗剤ではなく、専用のアルカリ性の洗浄殺菌液で洗浄と殺菌を行う。洗浄殺菌というと、洗浄より殺菌が重要だと勘違いしやすいが、洗浄により汚れを完全に洗い流せれば、殆どの細菌はいなくなるから簡単な殺菌ですむわけだ。洗浄が十分でないと汚れが残り殺菌効果も薄くなるわけだ。つまり、洗浄効果を最大限に出すことが最も重要だということだった。

乳製品に脂肪が含まれているから、洗浄殺菌洗剤は湯で希釈した方が洗浄効果が高いということだった。特に温度が高い湯にこの専用洗剤を研いで使用すると、脂肪だけでなく蛋白質も分解し、プラスチック部品内の傷にしみこんだ汚れまで綺麗になることがわかった。ところがあまり温度が高いと殺菌効果が短時間しか持続しないという副作用もある。米国マニュアルには簡単にぬるま湯と書いてあるが、日本でぬるま湯と書くと必ず、何度ですかという几帳面な質問が出る。それは米国のマニュアルですという返事ではすまないわけだ。そこでこの洗剤をとぐ温度の検証もまた時間を消費することになった。

この課程でわかったのは従来使用している次亜塩素酸ナトリウム溶液に問題があるということだった。当時使用していたのは10kg容器入りの12%溶液の濃縮タイプだった。6%のものより濃縮であり、性能が高くスペースをとらないというのがうたい文句だった。しかし、数多くの文献を講読した結果、次亜塩素酸ナトリウム溶液のPHが高いと殺菌効果の安定性がなくなる、つまり、効果が薄くなるということだった。PHは濃縮の溶液の方が高いので、使用している次亜塩素酸ナトリウム12%溶液に問題があることが実験結果からも判明した。

また、次亜塩素酸ナトリウム溶液は太陽光線に当てたり、容器のふたを密閉していないと殺菌効果が低下することもわかった。その結果、コストアップになるが容器を小型にし

安定性を高めることにした。また、開発した洗浄殺菌剤も水に接触したり、空気に触れると殺菌効果が低下するので、かなりのコストアップになるが、一回の使用分をアルミ箔入りの特殊紙パッケージで包装することにした。一回分づつの包装のために使用時の洗剤の希釈濃度は正確に守れて効果が正しく発揮できるというメリットが出た。

この洗浄殺菌液の開発の課程で手洗い洗剤、厨房床洗剤、フライヤー洗浄洗剤等、総合的に洗剤の見直しをはかった。さもないとすべてのマニュアルを発行することができなかったからだ。この洗剤の開発の結果当然のことながら洗剤の重量単位当たりのコストは上昇した。損益計算書におけるコストアップを心配したが、実際は経費を削減することに成功した。

乳製品機器の洗浄殺菌を振り返ってみよう。従来のやり方では洗浄殺菌には1日に20行程必要だった。これが洗浄殺菌洗剤の導入で半減したわけで、人件費が削減されると同時に水の使用量も減少した。さらに、実際の衛生状態も向上するというメリットも合ったわけだ。

マクドナルドの人事生産性はいくらですかというナンセンスな質問をよく受ける。マクドナルドの高い生産性は、店舗での仕込みが必要のない食材、自動化の機器、専用洗剤、高度なトレーニングシステム等、の元に実現された数字である。それらのシステムを構築していないチェーンがまねをすると、高い人事生産性を実現するために、人を減らし、かえって売り上げを減少させてしまうという悪い結果を招くことになる。

話が本題からそれてしまったが、マニュアルを読んでもたった一行、洗浄殺菌洗剤を何度の湯でといで使用するとしか書いていない。2年間のノウハウはマニュアルを読んでもわからないわけだ。チェーンでは本当に必要なノウハウはマニュアルにさらっと書いてブラックボックス化をしているわけだ。

今年の夏は大腸菌o157で飲食業の売り上げが下がり大変だった。マクドナルドも例外ではなかったようで、異例の広報活動を行っていた。マクドナルドで取り入れている衛生管理システムのHACCPの実例をテレビ番組の取材を受けたり、新聞の取材を受け入れたことだ。この報道からマクドナルドのHACCPシステムをかいま見た方が多いと思うが、その完璧なHACCPシステムの構築には、洗剤の開発など数多くの基礎研究を20年以上も行い、それらのノウハウをさりげなく組み込まれていることを理解する必要がある。簡単にまねができると思うのは大きな間違いなのだ。まず、基礎的な研究が必要だということだろう。

もし、大チェーンのマニュアルを手に入れてもそれをそのまま使ってはいけない、何回も読み直して、すべての文章、語句の意味を理解してから使うようにしなければならないのだ。

2)優れたマニュアルをどうやって現場に活かすか

幾ら優秀なマニュアルがあっても、トレーニングをしっかりしないとあっと言う間に問題のある悪いアルバイトを育成することになる。従来の問題点はアルバイトがアルバイトを教えることだった。アルバイトがアルバイトを教えること自体は良いことだが、モラルの低いアルバイトが新人のアルバイトを教えると、あっと言う間に悪い習慣を身につける。そこで、古いアルバイトの悪い習慣を断ち切るために、新人をマネージャーが教えることにした。しかし、数人いるマネージャーの言うことが異なると新人を混乱させるので、カリキュラムを作ることにした。

最初に述べたようにマニュアルは教科書に過ぎず、それをどう教えるかという教師の教育が重要であり、どうやって効率よく教えるかというカリキュラムが必要になる。当時のマクドナルドはマニュアルは完成しつつあるが、アルバイトのトレーニングカリキュラムの開発が終わっていなかった。それが、この店のようなアルバイトのモラルダウンにつながったわけだ。そこで、最低限度教えなければいけない内容をチェックリストにして、トレーニングカリキュラムとした。

チェックリストの内容はアルバイトの調理、販売の作業から、開店準備、閉店作業までの細かい内容だ。これを作成するに当たり大きな問題になったのは、筆者のオペレーション能力が低すぎるという点だ。以前にも述べたが、前の店でけがをしたためあまりアルバイトの作業をしていなかったという弱点が大きな能力上の問題となってきた。マネージャーはいくらマネージメントをやるからといってもアルバイトの現場作業を全く知らなくてはトレーニングができないからだ。筆者が、店舗の開店準備や閉店作業を覚えたのは実はSVになってから洗剤の開発でやむなく、乳製品の機械の洗浄作業や、グリドルの清掃、床の清掃を毎晩行うようになってからだった。マネージャー時代は店舗の作業は殆ど知らないという状態だった。

しかしながら、店舗での新人アルバイトのトレーニングの仕事がなくなるわけではないので、何とかしてトレーニングカリキュラムを完成せざるを得なかった。そこで、今いる優秀なアルバイトにトレーニングカリキュラムを作成をさせることにした。それを元にマネージャーたちが教えれば具体的な内容を教えることができるのではないかと考えたわけだ。そこで、現在いるアルバイトの作業をじっくり見ることにした。

最初は優秀なアルバイトにカリキュラムを作成させたが、あまり簡単な内容で役に立たなかった。そこで次に注目したのは優秀なアルバイトではなく、鈍なアルバイトだった。

アルバイトには仕事を覚えるのが遅い、いわゆる鈍くさいのが居る。鈍いアルバイトがだめかというとそうではない。鈍いアルバイトには2種類ある。基本的にどうしようもない馬鹿か、一つの事を覚えるまで次のステップにいけない人だ。

仕事を覚えるのが早い人間は、一つの事が完全にマスターしなくても、次の仕事に着手できるフレキシブルな感覚を持っている。世の中、優秀な人間が居る物で、一回教えただけでなんでも覚えてしまう。ついそんな人間を重宝して使うのだが、そんない優秀な人間は人を教えることが出来ない。自分がすぐに覚えるものだから誰でもすぐに覚えると思い、あまり丁寧に教えることができない。また、仕事を苦労してステップバイステップで覚えていないから、仕事のこつを教えることが出来ない。

鈍い人間は一つの事を完全に覚えるまでは次の仕事を覚えることが出来ない。チェーンオペレーションにとってはこの鈍い人間の方が大事になる。仕事を覚えるのが遅い場合には、苦労して仕事をマスターする。仕事を完全に自分で理解し、消化するまで次の仕事にいけない。教える側にとってはじれったくて仕方がないわけだ。しかし、失敗しながら苦労して一つ一つのステップのこつをマスターしている。そうすると新人に教えるときにステップバイステップでわかりやすく自分の失敗を説明しながら教えることが出来る。つまり、トレーニングカリキュラムを作成させるには最適だったわけだ。

そこで、朝晩のアルバイトの中から真面目だが鈍な人間を数人選び、カリキュラムづくりを担当させた。トレーニングカリキュラムはトレーニングスケジュールとチェックリストの2つに分かれる。トレーニングスケジュールは何時何を教えるかというスケジュールで、教える担当者も決めて、なるべく短時間でアルバイトに一定のレベルの技術を身につけさせようというものだ。

その彼らが作ったトレーニングスケジュールとチェックリストの運用方法が以下のものだ。

トレーニングスケジュール

氏名

連絡先TEL

男子アルバイト トレーニングチェックリストの内容と使用上の注意点

自己管理
ミートマン(グリドル担当)
バンマン(パンを焼く担当)
ドレスマン(焼いたパンにケチャップやマスタードを塗る担当)
フライヤー(ポテトなどのフライを担当)
シェイクマン
搬入・バックマン(業者の配送や店舗への資材の移動を担当)
トレーニングプログラムは、毎回きちんと使用しないと、意味がないこと。
トレーナーは、トレーニングに対し責任を持ち、忍耐強くトレーニングにあたること。そのため、日付、トレーニング時間、トレーナーの氏名は必ず記入のこと。
きめ細かい確実なトレーニングが必要であり、トレーニングの原則は「やってみせる」→「やらせてみる」→「フォローアップ」の手順の直結である。終了した項目は○印でチェックすること。
トレーニングされる人間の吸収度、トレーニングにINする頻度を考慮して、5回分の欄を設けた。

続く

お断り

このシリーズで書いてある内容はあくまでも筆者の個人的な経験から書いたものであり、実際の各チェーン店の内容や、マニュアル、システムを正確に述べた物ではありません。また、筆者の個人的な記憶を元に書いておりますので事実とは異なる場合があることをご了承下さい。

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