有能な外食マンになるための「5つの鉄則」(柴田書店 月刊食堂1998年)
尚、本ページは未校正原稿のため、誌面掲載分とは異なるところがございます。
外食業に入ってきた新人諸君にまず言っておきたいのは、これからは極めて厳しい時代になるということです。外食業界でも昨年、大型倒産が出ましたが、大会社でもつぶれる時代になった。終身雇用が大前提だった従来とは違います。つまり、会社人間になるのではなく、一人ひとりがその仕事のプロ、専門家をめざさなければならない時代になったということです。
新人諸君も、このことを前提に、早いうちから自己の能力を高める努力をしなければなりません。そのために何をすべきか、5つのポイントに分けて述べてみましょう。
鉄則その1
コンピュータと英語は必須の一般教養だ
まず、ビジネス社会で生きていくための一般教養の部分ですが、言葉遣いやエチケットといったことに加え、これから必須とされることが2つあります。
ひとつはコンピュータを使いこなすことです。あらゆる産業において情報のスピードということが重視されていますが、これは外食業でも変わりありません。すでに電子メールなどで社内情報のやりとりをしている企業があるように、コンピュータが使えないと、あらゆる業務に支障をきたすようになっています。
競争が激化するなかでは、意思決定の速さこそが、企業戦略を左右することになります。コンピュータは、そのための必須のツールです。店舗段階の売上、予算管理をパソコンで行う外食企業が多くなっている現状からも、この流れに乗り遅れないことが大事です。
もうひとつ必要な教養は英語です。日本の外食業は、すでにアメリカに学ぶことはない、などという声もありましたが、そんなことはありません。むしろ今は日本はアメリカと比べて10年遅れている状態です。チェーンビジネスにおいては特にそうです。その中でも注目すべきなのはアメリカにおけるサービス産業のレベルの高さです。
皆さんもこれから、仕事あるいはレジャーでアメリカに行く機会があるでしょうし、また絶対なければなりませんが、そこできちんとコミュニケーションをとれることが勉強のための必要条件になります。なぜこのビジネスが成功しているのか、それはハードだけ見ていてもわかりません。実体験としてダイレクトにその要因を感じ取ることが必要なのです。これは職位が上がっていくにつれて、ますます重要になってきます。英語は必須教養であると認識して下さい。
これは先ほどのコンピュータのこととも関連しますが、インターネットで海外の外食産業の動向が容易に入手できる時代になっています。しかしこれも英語ができなければ理解することもできません。
今こそ日本の外食業は、アメリカの動向に学ばなければならないと言われています。アメリカの企業で成功しているところに共通しているのは、コンピュータを活用した意志決定の速さです。この点からも、コンピュータと英語という2つの基礎教養は、新人のうちから身につける努力をしなければなりません。
鉄則その2
人、モノ、金に分けて外食理論を身につけよ
次に必要なのが、外食ビジネスの理論をしっかりと学ぶことです。
外食ビジネスでは、営業活動の中で管理すべきものの対象として重要なものが3つあります。それは「人」「モノ」「金」です。
外食業のレベルを計る物差しとして「QSC」(クオリティー、サービス、クレンリネス)という言い方をよくしますが、それを実現する要素が人、モノ、金であるということです。この3要素で形づくられるトライアングルがうまく機能しているかどうかが、そのビジネスの成否を左右することになるのです。
まず人の管理については、店舗現場では募集、採用、集合教育、モチベーションアップなど範囲は多岐にわたりますが、それぞれの段階で求められる基準を理解しておかなければなりません。その上で、人を管理するとはどういうことなのか、現場作業の中で実地で学び、実践していくことです。
モノというのは具体的には店舗や設備機会、什器備品です。あるべきQSCを実現するために、モノはどういう状態になっていなければならないのか。それはなぜかを理論だてて理解する必要があります。外食の人はおしなべて機械に弱いことが多いのですが、機械の基本的な知識やメンテナンスのやり方なども知っておかなければなりません。
金はすなわち、売上であり経費です。少なくとも、自分の店の収支構造は理解しておかなければなりませんし、そのためには損益計算書も読める必要があります。また、店舗現場には必ず予算というものがありますから、この予算管理がきっちりとできること。
要はビジネスを形づくっているこの3つの要素が、どう機能すればあるべきQSCが実現できるのかを理論として身につけるということです。そうすれば、この業態にはどうしてこういうサービスが必要なのか、クレンリネスはどういう手順で進めるべきなのか、ということがはっきりとわかってきます。
これから新人諸君は初期教育を施されることになりますが、そこでは詰め込みでさまざまなことを教え込まれ、混乱してしまうこともあるでしょう。そんなときは、教えられたことを人、モノ、金の3つの要素に分けて考えてみることです。そうすれば、今教えられていることの大切さと、自分の到達度、めざすべき方向が見えてくるはずです。
鉄則その3
実務は完璧にこなせマニュアルは丸暗記を
当然、身につけなければならないのが実務です。店舗段階におけるあらゆる作業を、完全に修得しなければなりません。これは外食産業に携わる上でのスタートラインに立つことでもあります。
よく、外食業に入って企画の仕事がしたい、宣伝の仕事がしたいという若い人たちがいますが、それは現場作業をすべて知っていてできることです。現場を知らない人が立てた企画など、実行に移せるはずもありません。とにかく、サービス、調理といった現場作業のプロになる。これが最初にめざすことです。
そのためにはまず、店舗に置いてあるマニュアルは完全に暗記することです。実際に店舗に配属されてみると、マニュアルが店の片隅でホコリをかぶっている光景を目にすることも多いと思いますが、これを率先して、何度も繰り返し読むことが大切です。
マニュアルというのは、その1行が何百ページにも及ぶノウハウが蓄積された結果、できあがっているものです。試行錯誤をくり返し、改善に改善を重ねた結果が、現在のマニュアルの1行に集約されているのです。これを繰り返し読んでいけば、「なぜそうなるのか」ということが自ずと理解できるはずです。それはそのビジネスをはじめた創業者の理念を理解することにもなります。
もちろんマニュアルというのは改訂されていくものですが、現在のマニュアルをしっかり理解していなければどうして改訂されたのか、それによって何がよくなるのかもわかりません。逆に、今のマニュアルが頭に入っていれば、改訂の意味も理解できるし、作業習熟のスピードも格段と速くなります。
こうして、すべての現場作業が完全にできるようになれば、そのなかで自分が専門的に取り組んでいきたい部分というのが見えてきます。その上で専門的な知識を身につけるための努力をすべきです。
店舗の実務に習熟すれば、外食ビジネスにはさまざまな専門分野や技術があることがわかってきます。いいものを安価に入手するバイヤーの技術もあれば、売れる商品を作る技術、売れる立地を探してくる技術もあります。こうした具体的な目標を持つことも必要でしょう。
しかし、まずは現場作業のプロになること。そして次のステップとして、自らのキャリアプランを明確に持つこと。この順序を忘れないようにしてください。
鉄則その4
幅広い情報収集とストアコンパリゾンに取り組め
こうした実務レベルでの努力と並行して見逃してはならないのが、業界全体の知識を深めることです。ここでいう業界というのは、外食業界のみならず、コンビニエンスストアやスーパーマーケットなどの小売業、その周辺産業も含まれます。外食業にとっての、お客の胃袋争奪戦の相手は、同じ外食業だけではありません。およそ食を扱うすべてのビジネスが競争相手になるのですから、それらの動向は常にマークしておく必要があります。
そのためには、幅広い情報源を持っておく必要があります。今あなたが読んでいる「月刊食堂」をはじめとする外食の専門紙はまず必読です。ただ読むだけではなく、自分でコピーをとるなりしてスクラップを作るとか、目にとまったページに付箋をつけるといった、情報を整理しておく作業も必要です。
そして新聞。最近若い人たちは新聞をあまり読まなくなっているようですが、少なくともビジネス社会に身を置いている以上は、日本経済新聞、日経流通新聞、日経産業新聞の3紙は常に目を通しておく必要があります。
また、専門の図書も読むこと。これは今はやりのハウツーものではなく、店舗マネジメントなどの理論書です。現在はこの種の新刊はあまり出ていませんが、名著といわれる古い本で、現在でも十分役立つものがたくさんあります。これは書店だけでなく、図書館などにも足を運んで探すことです。
また、先ほど一般教養の部分でも触れましたが、インターネットを使った情報収集も積極的に行うべきです。ホームページを持つ外食業も増えてきて、そこでは財務諸表なども見ることができますから、ビジネス理論を勉強する場合でも非常に役に立ちます。
そして、雑誌などで得た情報をもとにして、ストアコンパリゾンをしっかりやることです。情報というのは、単に知っているだけというのでは役に立ちません。自分の目で見て確認する作業が重要なのです。
ストアコンパリゾンは、イタリア料理や和食などジャンルを決めて、かつ同じ価格帯の店を集中して見るなど、テーマをあらかじめ明確にしておくことが不可欠です。そして、欠点を探すのではなく、これはいいと思われるところを抽出してみることが重要です。さらに、自分で評価したポイントを文章にしてまとめておくこと。このレポートがたまってくれば、それを読み返してみることで、自分のものの見方が変わっていくこともわかるはずです。
またストアコンパリゾンにいった際には、その店の店長なりに挨拶をして、交友関係を広げることも必要でしょう。そうして作った人脈は、あなたにとってきわめて重要な情報源にもなります。
鉄則その5
定期的な知識の棚卸しで進捗状況を確認する
そして最後に重要なのが、自分の中で定期的な「知識の棚卸し」をすることです。自分はどれだけの知識を身につけたか、使える人材になったか、ということを自分なりに確認する作業が必要です。
そのためにも、自分がやってきた仕事の内容を常に1冊のノートにまとめておくことをおすすめします。「ある日は、この作業をマスターしようとしたができなかった。その理由は何か」といったことを文章にして残しておくのです。 自己育成のためには「Plan Do See(PDS))が不可欠です。自分なりに計画を立て、それを実行し、その結果を率直に見て、反省すべきことは反省する、ということです。
このPDSをやり続けるためにも、仕事の成果を常にまとめておくことが不可欠なのです。そうすれば定期的にそれを振り返ってみることで、自分の進捗状況を確認することができます。
定期的に知識の棚卸しをしようとすれば、必然的に努力して勉強の時間を確保することになります。そこで時間管理という意識が生まれてきます。実際に現場に投入されれば、日々の業務に忙殺されて勉強の時間もとれないことがしばしばでしょう。しかし、意識して自己の能力を高める努力をしなければ、仕事に流されて、単なる便利屋に終わってしまいます。それでは、これからのビジネス社会に通用する、強い人材となることはできません。
そういう点でも、自分の仕事をまとめたノートがどれだけたまったかが、あなたの努力のほどを計る重要なバロメータになります。そして同時に、それはあなたにとってかけがえのない財産になるはずです。
これまで述べてきた5つのことは、そのすべてを1年以内に完璧にやりとげることは難しいでしょう。しかし重要なのは、これを常に自分自身のテーマとしておくことで、自己育成のための道筋をつけることです。そうしてこそ、会社以外でも通用する能力を身につけることができるのです。
とはいっても、会社の仕事をないがしろにしろとか、会社がいやなら転職しろといっているのではありません。「石の上にも3年」という言葉がありますが、少なくとも3年以上は経験しないと、その仕事をしっかりと習得することができません。若い人たちの間でも転職ばやりのようですが、単に好き嫌いで職場を選んでいては、すべてが中途半端に終わってしまいます。
強調したいのは、長期的な展望を持って日々の仕事に取り組めということです。自分がこういう人材になると目標を定めることこそ、あなたのビジネス人生を有意義なものにする唯一の道なのです。