乾坤一擲の賭け

(商業界 飲食店経営1996年3月号掲載)

売り上げを上げる努力が必要であっても利益が出なければ最悪の場合閉店することも出てくる。経費の削減に最大限の努力を払う必要がでてきた。人を削減し店長の私が調理も兼任で行うようにならざるを得なくなった。しかし、経費を削減しても売り上げが向上するわけではない、そこで乾坤一擲の賭にでた。営業時間を伸ばすことにしたわけだ。

通行量調査を行った結果、朝の通行客数が多いのに気がついた、当時の開店時間は10時であったが、10時は通勤の客がほとんど出かけて、通行量が下がってからの時間であった。また、日本でのドーナツの位置づけはおやつであるが、本場の米国でのドーナツの消費形態は朝食がメインであった。そこで、朝7時から開店し、朝食マーケットへの食い込みを狙ったわけだ。

筆者の当時の勤務時間は、朝の(まだ夜の感じの)2時半に起床、コーヒーをがぶ飲みして目を覚まし、3時に車に飛び乗って4時には店に入る、そして一人で、FENをがんがんならしながら、ドーナツを作りだす。6時には販売の女子のアルバイト又は社員が入店し、出来上がったドーナツのデコレーション、フィリング作業後、商品を売場に並べ、コーヒーやジュースのセッティングをする。7時には開店しなければならないから、ドーナツの製造をちょっとでもミスしたり、遅れると7時の開店時には商品が並ばないという真剣勝負だった。開店したら、次のドーナツの製造にとりかかるから、そのほんのちょっとの時間に出来上がったドーナツと入れたてのコーヒーを立ったまま食べて、すぐ次のドーナツの仕込みにかかる。そのまま休憩なしで1時まで働き、交代のドーナツマンが来たら、昼御飯を食べ、(やっとドーナツ以外の食事にありついて)それから、 近隣の幼稚園を回り、出前の売り込みをするというものだった。

時間があればよい仕事ができるわけではない
調理を真剣に行うことにより品質だけでなくS,Cも向上した

調理もしなければならないということで販売促進の時間がなくなるというデメリットを予想したが、店長がドーナツの製造に専念すると言うことは品質上大きな効果があった。特に毎日ドーナツを作った後、遅番の部下がきてその批評をするわけだから、手を抜くわけには行かない、毎日真剣にドーナツを作るようになり、ドーナツの品質は飛躍的に向上した。
部下も店長に負けまいと真剣にドーナツを作るという競争が始まったわけだ。当時のダンキンドーナツのドーナツは手作りであり、生地をのばして、カッターで一つ一つ型抜きをするわけだ。ドーナツの重量は42―45gと決まっているが、その範囲に押さえるのは至難の業だ。

頻繁に重量チェックをすることにより重量の誤差はなんと1g以下まで押さえることが可能になった。従来は6時から2名のドーナツマンが入り、10時までに大量のドーナツを製造し、全商品を陳列するというものだった。実際に売れ出すのは夕方だから、そのころにはドーナツの品質が劣化し、廃棄処分もでやすかったわけだ。

しかし、人員を削減し、早朝営業することにより、7時の開店時には販売予測最小限のドーナツしか陳列出来ないようになった。少量のドーナツをきめ細かく切らさないように製造するので、結果的に新鮮なドーナツが何時も出来上がっているという事になり、客側にとっては新鮮な美味しいドーナツを食べられることになったわけだ。

特に朝、カウンターで食べるお客はそれこそでき立てのほっかほっかのドーナツを食べられ、ダンキンドーナツのファンを作ることに成功した。さらに新製品の特別なドーナツなどを作ったときには、カウンターのお客に試食してもらうなどの工夫をした。この結果、固定客が大幅に増加するようになった。また、顧客の品質に対する反応を直にみることができ、顧客に美味しいよといわれるとさらに愛情を込めて真剣に作るようになった。

マニュアルの基準以上の品質は食材原価率の低下をもたらした

また、早朝営業をすることにより、飲み物のコーヒーがよくでるようになった。マニュアルでは18分経過したコーヒーは廃棄することになっていたが、自分で飲むと18分後のコーヒーでは美味しくなかった。そこで10分経過したコーヒーは廃棄するようにした。さらに挽き立ての豆の計量を厳密に行い、味の均一性を高めるようにした。これらの品質向上策は食材コストを上昇させる恐れがあったが、結果的に食材コストは表1のように低下していった。
その原因は早朝営業の際に町で一番新鮮な美味しいコーヒーを出すことにより、原価の低い飲み物がでるようになったからだ。次に商品を小刻みに製造することにより、廃棄処分が少なくなり、厳格な品質管理は逆に製造途中のロスも減少させた。

クレンリネスでも大きな向上がみられた。従来は複数の人間が同時に働いて、仕事に切れ目がなかったから、クレンリネスの責任が曖昧だし、閉店するまでは掃除をすることがなかった。しかし、1時には仕事をあがるのでその時に店内をくまなく洗い流し、モップでふき取ることが可能になった。1時には厨房内はぴっかぴっかでありその後のドーナツマンは同じようにぴっかぴかにして帰る習慣が付くようになった。

早朝営業の効果は別なところにあった

早朝営業を行うにあたって、店舗の認知率の向上を図る必要がでてきた。米国のダンキンドーナツは市街地でなく郊外出店が中心であるから、独立店舗の店が殆どで、ビルの中に入店する店舗の経験は少なかった。そのため大看板などしかなく、通行人の目に触れやすいキオスク看板という準備はなかった。そこで、日本の喫茶店などで使用しているキオスク看板を作り、通行量の多い道路に設置し、朝の通勤客の目に留まりやすいようにした。
しかしながら、早朝営業は最初の立ち上がりが遅かった。最大の誤算は田無に住んで都心に通勤する顧客が利用しないと言うことだった。喫茶店を利用する場合は、会社の近隣に到着してからまだ時間がある時にほっと一息ついて利用する。電車に乗る前には利用しないのだ。立ち上がりは入店客は少なく心配したが、すぐに近隣の商店街や会社に来る人たちが、徐々に利用するようになってきた。朝早く来る人たちはよく働く人たちが多くそれらの人が固定客となったのがその後の大きな助けとなっていった。

この早朝営業は町の商店街や、会社、銀行などの信頼を大きく勝ち取ることに成功した。従来から西友ストアーの店頭の一番よいところに臨時店舗の出店を要請していたのだが、ダンキンドーナツの担当と違うと言うことで断られ続けていたわけだ。しかし、店長の筆者自ら早朝営業をして、そのあと出店交渉に来ると言うことでその熱意を買ってくれた。とうとう、店頭の一番良い場所を10月に1週間貸してくれることになった。このスーパーの店頭は田無市内での最大の目抜き通りでありその注目度はすばらしいものがあった。ショーケース1本で一週間に52万円も売り上げ、田無市内でのダンキンドーナツの知名度を一気に高めることに成功した。

その成功を見たD銀行の営業担当者から、12月1日の銀行支店開店10周年記念の顧客感謝の日に、ダンキンドーナツの店舗を銀行内部で開いてくれないかという依頼があった。しかも銀行法の規制で、景品を出せないのでダンキンの名前で営業してくれと言う願ってもない条件だった。2日間で1500食のドーナツとコーヒーセットの買い入れ保証までしてくれた。この銀行への出店は田無市内におけるダンキンドーナツの知名度だけでなく、グレードもあげることに大きく貢献したのだ。この2つの出店を契機に売り上げのカーブは大きく上向くことになったわけだ。後で理由を聞くと社内でどんな顧客サービスをやるかと聞いたところ、ダンキンドーナツの常連だった女子行員が強く推薦してくれたのだ。固定客づくりが思いがけないところで役に立ったようだ。

一所懸命やる姿は誰かが評価してくれる

早朝営業を冷静に考えたら、労働時間が増加するし、そんなに売り上げが見込めないのでネガティブになるのだが、それをあまり真剣に考えないで、賭にでたのが成功だ。ここで学んだのは一所懸命働く姿は誰かがみており必ずそれが報いられると言うことだろう。面白いもので売り上げが上向くと総てがよい方向に行くようになってきた。売り上げが下がっているときには従業員のモラルが下がりサービスレベルが低下していったのだが、いったん売り上げが上がるようになると忙しいのにも関わらず、彼ら彼女らは一所懸命に働くようになったのだ。このころのアルバイトは4名ほどだったが、筆者がダンキンドーナツをやめてマクドナルドに移ってもついてきてくれるほどになった。

QSCだけでは売上げは上がらないが、QSCが良くないと大量宣伝は逆効果だ

開店直後の2、3月に一気に売り上げを上げようと、合計4万枚のフリークーポン券を新聞折り込みで配布した。新聞折り込みだけでなく、団地、近隣会社、幼稚園などに配布した。
その結果表1のように2月3月の売り上げは大変よかったがその後の落ち込みがひどかった。幼稚園回りなどをした結果判明したのは、クーポン券の回収時のサービスの悪さが逆効果で固定客がつかなかったようだ。無料券などの販売促進は確かに効果があるが、店舗のオペレーションがしっかりしていないときにやるとかえって逆効果のようだ。

新聞折り込みなどの物量作戦は店舗を開店してから暫くしてQSCがしっかりしないと逆に店の評判を落として売り上げをかえって下げることになる。QSCをしっかりさせてから、少しづつチラシを配布したり、顧客訪問をしたり、ストアーツアーをするなどの地道な販売促進活動のほうが、効果が出るのに時間がかかるが着実に顧客を獲得できその顧客の定着性が高い。宣伝活動を行ってもすぐに売り上げが上がるものではない、こつこつとやりだしてから効果が出るまで6ヶ月はかかるものだ。焦らないで、諦めないでこつこつと販売促進活動を行うのが成功の秘訣だ。

出前による売り上げの増進

幼稚園への出前の売り込みも地道な活動の一つだった。田無は新興住宅街で数多くの団地があり、数多くの幼稚園が存在していた。幼稚園では昼時などに簡単なおやつを配るのでそのおやつとしての売り込みをはかった。近隣の幼稚園20数校をリストアップし定期的に回ってみた。その結果4つの幼稚園から定期的な注文を取ることに成功した。定期的な注文ばかりでなく、幼稚園のバザーなどにも注文をもらうことができ、田無店の存在感を訴えることに成功した。また、子どもたちもおやつで覚えたドーナツの美味しさで、親を連れて店舗を訪れてくれると言う効果がでてきた。
幼稚園の開拓は結構時間がかかり、3―4回訪問しないと注文を取れないので、早番で1時にお店をでてから毎日数件の幼稚園回りをした。また、ドーナツを子どもにあわせた小さいサイズにして、値段を安くするなどの工夫もした。単なる売り込みでは成功しなかったので、店舗の定休日に幼稚園の園長や、栄養士、PTAなどを店舗に招待し、ドーナツが手作りであることを見せる店舗見学会も実施した。これらの複合的な活動が徐々に実っていった訳だ。

ビジネスだから結果が全てだ

その結果を見てみよう。表1にその成果が出ている。6月には1月の売り上げに対して、75%まで落ち込んで、利益も大幅な赤字であったが、7月に朝7時から開店し、7時から10時までの間で平均して15000円の売り上げを上げることに成功した。朝だけでなく、その勢いが10時以降まで続き7月の売り上げは、暑くなり食欲がなくなるときに関わらず、95%まで回復し、人件費、食材コストの低下とともに利益は売り上げに対して17%の黒字に転換することに成功した。その後も好調で、10月に西友ストアーの店頭で1週間販売することにより52万円の売り上げを上げることに成功し、1月に対して116.1%というレコードを立て、利益も売り上げに対して12.3%の黒字を達成した。その後も順調でD銀行の売り上げもあり12月も売り上げは111.2%と好調だった。12月の食材コストと利益額は1月5日に退社し、マクドナルドへ転職したので持っていないのが残念であるが、1月の時点で累積で黒字に転換したようだ。

常にPLAN―DO―SEEのマネージメントサイクルを忘れない

売り上げを上げるためには何が必要か総てリストアップし、失敗してもよいから実施して、効果がなければ中止し、効果があればしつこく何度も実施するという簡単な方法が成功の秘訣だ。販売促進を考えるのは簡単だが、実施するのは時間と根性が必要だ。しつこさと諦めない執念が必要だろう。筆者はダンキンドーナツの名前を売り込むためには、市内をあのピンクのユニフォームを着て平気で歩いたし、田無から本社のある池袋まで、ピンクのユニフォームと帽子をかぶって電車に乗っていったものだ。今だったら恥ずかしくって出来ないが当時は売り上げを上げるためには必死だった。西友ストアーへの出店要請もそうだ。一回断られたからといって諦めていたら、絶対に出店は出来なかったろう。諦めもせずにニコニコと笑いながら、ドーナツを持って毎日出かけたおかげだろう。
飲食業という接客業は単なる理論では解決できないことが多くある。最終的にはやる気と体力が勝負だ。筆者もこの田無店での成功がなければ敗残者として一生を終わっていたことだろう。この田無という田舎のドーナツ店の成功で自信がつき次のマクドナルドという巨大チェーンにチャレンジするやる気がわいてきたわけだ。

成功の最大の要因は人だ

以上まるで筆者が一人で売り上げを上げたようだがそうではない。最初は人手を減らしたり、早朝営業をしたり、出前をしたり、売り込みにいったりという労働強化に抵抗をしていた従業員も、筆者が一所懸命やる姿を見て、全面的に協力してくれ、逆に筆者の尻を叩いて積極的な販売促進活動をしてくれるようになったことが、成功の最大の秘訣だろう。人員削減、最悪の場合は閉店もやむを得ないというところまで追い込まれた中で、少数の従業員でコミュニケーションを密接に取り合ったことが良かったのではないだろうか。 休みの日には従業員とマクドナルド、KFCなどの他の競合店舗を見学にいったり、大阪にできたミスタードーナツをわざわざ自費で見学にいったものだった。会社の寮で車座になって買ってきた、ビックマックとフライドチキンを肴にビールを酌み交わして、コミュニケーションをとるという徹底した毎日だった。

今やらなければいけないこと

店舗が2―3店舗の頃の店長で必要なのは実行力である。売れない、利益がでないと悩むだけでなく、解決策をどんどん考え出し、失敗してもよいからどんどん実行すると言うことだ。失敗を恐れては何にもならない。失敗は成功の元と言うではないか。どんな小さな事でもよいが何か仕事上で成功するという経験は大事だ。その成功によって仕事に自信を持てば次からやる仕事の成功は間違いがないのだ。成功という自信を是非身につけて戴きたい。売れない店の店長となったことを嘆いてはいけない、売れない店の店長になったことは大きなチャンスだ。チェーン展開をするに当たって一番の問題は売り上げをどうやって向上させ、採算をとれるようにするかだ。チェーン規模が2―3店舗の時点での不採算店は大きな壁で、チェーン展開を目指す殆ど企業はここで挫折するのだ。しかし、この不採算店を採算店に改善できれば、今後どんな場所でも採算をとれるようにすることができるし、将来の多店舗展開の際の大きな武器になるはずだ。是非チャレンジ精神を忘れずに頑張っていただきたい。

次回

以上、販売促進の手法など思いつきで実施したような印象を与えているようだが、実はダンキンドーナツに入社する2年前からダンキンドーナツに在籍中の4年間に基礎的、体系的な勉強をしていたのだ。今でも外食産業という言葉はあるが、まだ体系的な学問として確立していない。現実に大学には外食産業学部というのはないし、産業分類でも厨房機器製造業というのはないというのが現状だ。つまり、25年たった現代でも体系的な論理的な勉強方法が欠如していることになる。そこで、次回はこの現状の中で外食産業に関する基礎的な勉強方法を説明しよう。その勉強を通じてなぜ色々なアイディアがでてきたかを、皆さんにわかりやすく説明する予定だ。もし、具体的な質問があれば、パソコン通信やインターネット経由で遠慮なく質問をお願いしたい。なるべく次回の原稿に反映する予定だ。

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