2004.1.21号
Vol. 13 大衆化100年、米国のハンバーガーの歴史といま(2)

○ハンバーガーもアメリカへ移住する
ハンバーグステーキのアメリカへの伝来は、世界各地からの移民と一緒に牛
(肉食用)が1800年代初期にアメリカに持ち込まれ、その後にドイツ人によっ
て調理法が紹介されたという話が本当の様で、初期はパンに挟むハンバーガー
ではなくハンバーグ・ステーキであったと言われています。この調理自体は
1836年以前にも伝わっていた証拠がありましたが、正式にハンバーグ・ステー
キと呼ばれ実際に残っている文献は1884年に書かれた辞書というのがありまし
た。

この調理法に大きく貢献したのは、1860年代に機械式の挽肉機が開発されたこ
とと関係があるようです。文献ではボストンの調理機器会社が1874年の商品カ
タログにこの挽肉機を載せ大々的に売り初め、1870年代のオハイオ州のレスト
ラン「Lookout House」のメニューにハンバーガーの名が残されているという
ものがあります。一説には、当地ニューヨークの「Delmonico」というレスト
ランで、1834年のメニューに取り上げているという資料もありましたが、文字
だけの資料だったので少々怪しいようです。

更に正確なものでは、1902年に出版されたミセス・ロジャーのクックブックに
そのレシピが載っており、「ハンバーガーはグリルした牛のひき肉をパンで挟
んで作り、ドイツからの調理法だ」と明確に書いてあります。ちなみにイギリ
スでは、オックスフォード英語大辞典の1802年版に初めて「ハンバーグ・ステ
ーキ=塩漬けの牛肉」と説明されました。

ハンバーガーという食べ物とそのレシピは、相当前からアメリカにもあったこ
とは想像できますが、ハンバーガーという名前を付けて売り始めた「元祖ハン
バーガー店」となると幾つかの言い伝えが有り、今回は主なもの3つを紹介し
ます。こういう論争になると、アメリカの常でニューヨークを含む北東部の人
達の主張と、南部や中西部等の人達は皆違う主張をしていて、どれも興味深い
ものです。筆者はニューヨーク在住なので、そちら方面に肩を持ってるかも知
れませんので、多少割引いてお読み下さい。

1つ目は1885年、シカゴの北方であるウィスコンシン州の小さな街で地元の祭
りが催された時のことです。Charlie Nagreen(15歳)がミートボールの屋台
販売をしましたが売れ行きが悪かった。考えてみるとミートボールは祭りで歩
きながら食べるのに不具合だし、焼くのに時間が掛かり、客は出来上がるまで
待ってくれないことに気付き、ミートボールを押しつぶして手早く焼き上げて
パンに挟んで、歩きながらでも食べられる様にしました。

ウィスコンシン州は酪農地帯で、ある資料では1800年代初期に初めてアメリカ
に牛が持ち込まれたのはハンブルグのドイツ人によってで、気候が似ていて酪
農に適しているという理由でこの地が選ばれたというものがありました。この
屋台があった事実は知られており、牛の持ち込みがこの地であったというのが
事実であれば、ミートボールから姿が変わっていったサンドイッチをハンバー
ガーと呼ぶようになった理由もここにはあると思います。こういう理由でチャ
ーリー少年がこれをハンバーガーと名付け、人々が「ハンバーガー・チャーリ
ー」と呼ぶようになり、彼自身が1951年に亡くなるまで、毎年その祭りで屋台
を出したそうです。
(つづく)

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