2005.12.21号

■ マクドナルド50周年を記念の調理機器技術50年史 その2。

5)1975年ドライブスルー Drive-Through Window

マクドナルド創業時から素早いサービスがモットーです。創業しばらくすると
西海岸でジャックインザボックスなどがドライブスルー店舗を開発しだしまし
た。2代目社長のフレッド・ターナー氏は自動車社会の成熟を見てドライブス
ルーの開発を決意しました。最初は既存の店舗の改造でドライブスルーを追加
しました。そのため、ドライブスルーウインドーにコンベアーで料理を運ぶな
どの工夫が必要でした。しかし、研究の結果、独自のドライブスルーシステム
を開発しました。1984年にアリゾナ州のシエラ・ビスタでマクドナルド社とHME
社(音響システムの会社)が共同でワイヤレスコミュニケーションシステムを
開発し、店舗で使用を開始したのです。

6)1983 厨房用給排気システム研究所 Commercial Kitchen Ventilation Lab

1970年代の半ばのエネルギー危機の際に、機器開発部在籍の給排気空調設備HV
AC専門家ジョー・ナップ氏(Joe Knapp)は素早く対応を開始しました。ナップ
氏に与えられた課題は厨房の排気風量を削減することで、外部からの新鮮空気
の供給を最小限度にして、空調負荷を下げることでした。厨房内で使用する調
理機器の燃焼済みのガスを排気するには、燃焼ガス量の数十倍の空気を排気し
なくてはいけません。その分の新鮮空気を外部から厨房内に導入すると、その
空気を冷暖房するために膨大なエネルギーが必要なのです

そこでナップ氏は、転職前の職場である空調機器会社のエアー・ディストリビ
ューション・アソシエイツ社(Air Distribution Associates)とマクドナル
ド社を説得し、両社で給排気空調システムの研究所を設立させることにしまし
た。ウッドデールに設立した研究所は密閉した空間で給排気量を精密に計測で
きるようになっています。その研究所でマクドナルドの特別デザインの排気フ
ードや調理機器ラインの研究を行い、エネルギー使用量を大幅に削減すること
に成功しました。マクドナルド社はその研究成果を業界に公開し、最終的には
その研究所をArchitectural Energy Corp.とFisher-Nickel,Incに売却しまし
た。その研究所の顧客はチェーンレストラン、給排気設備製造業、エンジニア
リング会社、省エネルギー設備会社などとなっています。

私はこの頃ジョー・ナップ氏の研究所によく見学に行きました。密閉したテス
トキッチンにはマクドナルドと同じサイズの厨房を再現し、グリドル、フライ
ヤーなどのガス機器は全て使えるようになっています。そして、給排気の状態
を見る実験をします。グリルやフライヤーから出る排気とベーパー(油分や水
蒸気)を効率よく排気しているかを見るために、あるガスで細かい泡を作り、
グリルやフライヤーの上に吹きかけます。その細かい泡がどのように吸い込ま
れていくか、フードからはみ出てしまうのかを観察するために、厨房内部の電
気照明を全て消し真っ暗にします。そして、ブラックライトを当てると細かい
泡の動きが見えてくるのです。

そして、飛行機の設計と同じく、空気がスムーズに流れるように排気フードの
形状を変更したり、ダクトフィルターの形状を変更すると言う気の長い作業を
延々と繰り返します。ナップ氏は大変親切な方で、東洋から来た男にも丁寧に
説明をしてくれたのです。そして、NAFEM北米厨房工業会展示会において氏は
厨房給排気の勉強会の座長を務め啓蒙活動をしておりました。

日本ではこのような地道な活動がなされていないので、米国に比べると30年以
上遅れているのです。そこで、今年4月から有志で最適厨房研究会を立ち上げ、
まず、調理場の基礎的な給排気システムの研究を開始することにしたのです。
http://www.saitekichubo.com/
あー、日本にもナップ氏のような人がほしいな。

7)1986年 クラムシェルグリル Two-Sided Griddle

サービス提供時間を短縮するために、1980年代の初期に機器開発部は新しい調
理システムの開発、特にハンバーガーのミートパティの焼成時間の短縮に取組
むことにしました。。機器開発部のトム・エドワード氏(Tom Ewald worked)
は、最初にマクドナルドで使用していたガスグリルの製造メーカーであるウオ
ル・フレンジ社(Wolf Range)と調理時間の短縮と安定した品質を実現するグ
リドルの開発をすることにしました。

その後、テイラー社(Taylor Company)とガーランド社(Garland Range)が
その開発に加わり、色々な開発を実施し、その結果1985年に、従来のグリドル
と同じ床面積の上下の鉄板で加熱調理するクラムシェルグリルを開発すること
に成功しました。しかし皮肉なことにラング社(Lang Mfg)が後にグリルとブ
ロイラーを組み合わせた調理機器を開発し、クラムシェル“Clamshell”と言
う名称で商標登録をしたので、マクドナルド社は対外的にクラムシェルグリル
の名称を使用することは出来なくなりましたが、社内では未だにクラムシェル
グリルと呼んでいます。

筆者はクラムシェルグリルには当初から開発に加わっていました。その当時の
内緒のお話をしましょう。
米国マクドナルド創業時に機器開発部の陣頭指揮を執っていたのは、ジム・シ
ンドラーと言うボヘミアン(東欧のボヘミア地方の出身で芸術的な才能が有る
人が多い)でした。創業者のレイ・クロック氏もボヘミアンで同郷のシンドラ
ー氏は技術面の腹心の部下でした。芸術家の氏は調理機器の設計だけではなく
店舗の内外装や有名なMマーク(ゴールデンアーチ)の設計もしていました。
マクドナルドオリジナルの厨房は、マクドナルド兄弟がテニスコートにレイア
ウトの線を引いて検討して作ったものですが、通常のコーヒーショップのグリ
ドルを引っ繰り返したのが特徴で、急激な売上げの伸びを示す当時のマクドナ
ルド店舗では作業導線の交差の問題を抱えていました。

当時の競合(現在でも第2位のハンバーガーチェーン)のバーガーキング社は
自動調理器のブロイラーと作業導線が交差しないレイアウトで高い生産性とス
ピードサービスを実現していました。その優れたブロイラーを大変気に入った
シンドラー氏は、その製造メーカーのNIECO社にマクドナルド向けの自動調理
器を作らせることにしました。バーガーキング社のハンバーガーパティを焼き
上げるブロイラーはグリルではなく、直火で上下からパティを焼き上げる形式
でした。そこで、シンドラー氏はハンバーガーの大きさの小さな2枚の鉄板に
パティを挟んで焼き上げることを考案しました。小さな鉄板は自動で上下に動
き、コンベアーで冷凍のパティが送られ、サンドイッチにされて焼き上がりま
す。

今回の米国ニュースでシカゴのウッド・フィールド・ショッピングモールが紹
介されていますが、その店舗で何回も実験をし、私も深夜まで立ち会ったこと
が昨日のように思い出されます。

さて、この自動調理機器は大成功だったのですが、値段が当時で2,000万円と
従来の厨房全体のコストと同じくらい高かったのです。もう一つの問題は、当
時スタートした朝食の卵料理を調理することが出来なかったのです。従来のグ
リドルは温度を下げれば卵料理が簡単に作ることが出来るのですが、自動調理
機器はそれが出来ないし、他の調理機器を入れるスペースもありません。と言
うことで、自動調理機器をあきらめたのですが、その調理方法が後のクラムシ
ェルにつながっているのです。

私もシンドラー氏に命じられて日本でちょっと風変わりな自動調理機器を作ら
されましたが、特許は取れたものの物になりませんでした。しかし、その過程
で高精度の温度計や、簡単なグリドルの清掃方法を開発しました。先端技術と
いうのはそれ自体が成功しなくても色々な派生技術を入手することが出来ると
いう勉強でした。いい思い出です。
(続く)